勿論、ユーリ自身の顔は髪に隠れて殆ど見えない。

それをあたしがばしばしと撮っても、向こうからはどうせ見えないのだ。

そして出来上がる写真は、どう見てもオヤジが嫌がる女の子をレイプしているようにしか見えない。

この証拠写真を撮るのと、シャワータイムの間に獲物の財布や名刺入れから

金と名刺を抜き取るのがあたしの仕事だ。

「いやぁだ。するならベッドにして。お願い」

合図の台詞が聞こえ、あたしはカメラをバッグにしまった。そしてソファに座り直し、

無関心を装ってオレンジジュースの残りを啜る。

「あれぇ、エリナちゃんは脱がないのかなぁ?」

先に行ったカラオケBOXで散々飲ませたアルコールでタガが外れ、性欲まみれの獲物が、

怯えた演技を続けるユーリの胸をまさぐりながら近づいてくる。

あたしは最後までの援交なんて慣れきっている、という態度のまま、

バッグから小さな薬壜を出した。

「3Pするなら、これ飲んで。ほら、よくあるでしょ。性的興奮剤ってやつ。

エクスタシーっていうの。雑誌の通販とかで見たことない?」

薬瓶にビビった獲物が、一瞬だけ警戒した。すかさずあたしは、

怯えた顔を作ったままのユーリを引き寄せ、小瓶の中の錠剤を「はい、あーんして」

と微笑みながらオレンジジュースで飲ませる。

「マユコはこーゆー事するの、初めてなの。緊張しちゃってとても出来ないよ。

騒がれたりしたら、あたしも困るし。でもこれ飲めばOK。ほんと、すっごくいいの。

ドラッグとかじゃないよ。エッチ系の通販で売ってるの。

これは一番強いやつだから、何度でも出来るし、

サイコーに気持ちよくなれるよ。・・・はい、あーんして」

獲物の口にも2錠放り込み、看護婦のように優しくビールで飲ませる。

それからあたしも2錠飲み、やっぱりシャワー浴びる、と言ってバスルームに向かった。

オヤジの口に入れたのは、マキの彼氏から買った即効性の睡眠薬と筋肉弛緩剤。

ユーリとあたしが飲んだのはビオフェルミン。ベッドでユーリが髪を拭くのを待ちながら、

獲物はゆるゆると倒れ、いびきをかいて眠りに落ちた。

あたし達は素早く部屋を出て、ユーリはフロントで

「パパが疲れて寝ちゃったから、朝まで起こさないであげて」

と告げ、フロントの男に1万円を渡してウィンクした。

この男も、ユーリの知り合いだ。金を受け取ると「OK」とだけ答える。

このホテルでは、これが日常なのだ。

足早に109まで歩き、あたしたちは一度地下鉄の駅まで降りた。

「金、幾らあった?」

演技をやめてドライな表情に戻ったユーリが、小声で呟く。

「キャッシュで15万。あたしは脱いでないから、ユーリが全部取っていいよ。

写真もばっちり。後はケンに任せよう」

「サンキュ。でも、7万は取って。後は、貰う」

地下鉄の通路を抜けて東横線に乗り、田園調布まで出てから、

あたし達は喫茶店に入り、ケイタイでケンに連絡を入れた。

「後はあいつの妻をゆするだけ。マミには悪いことしたね。

マキが堕ろしたばっかりで、手伝ってもらえなくてさ」

ドライな瞳でアイスコーヒーを見つめながら、ユーリが言う。

「でも、マミは別の仕事があるんだから、もう止めな。

スキャンダルどころの騒ぎじゃなくなるから・・・って、頼んだのあたしだけどね」

「別に平気だよ。・・・それよりユーリ、時間がないってどういう事?」

あたしはずっと気になっていた質問を、改めて尋ねた。最近のユーリは間違いなく焦っている。

リスキーな仕事でも無理にこなす彼女は、このまま行ったら確実に捕まるだろう。

獲物を狩るのに、焦りは禁物なのだ。逆に、命取りになる。

長い沈黙の後で、ユーリはぽつんと言った。 



「・・・・・・・・・エイズ」



「え・・・?」



一瞬、息が詰まった。

酸素が鼻や口の周りで氷のようにかちこちに固まって、

飲み込む事も吐き出すことも出来なくなる。

「あたしの男も、このテの荒稼ぎやってるから、ヤバイ女に当たって、

あっけなく感染されちゃったらしいんだ。いつ頃かわかんないけど。

唾液でテスト出来るの。

・・・マキの彼氏に一個だけ貰ってたテスター、シャレで試したら・・・

バカだよね。マキよりバカだよ・・・」

ぽたり、とテーブルに落ちた透明な液体が、ユーリの涙だと気づくまでに時間がかかった。

何も言えないままユーリの顔を見つめると、先ほどまでのドライな瞳は頼りない

子供のようなそれに変わり、あとからあとから涙があふれては落ちる。

「あたしも、ひょっとしたらもうとっくに感染してるかもしれない。

まだ、検査はしてないけど。・・・でも、別れられないよ。いつ死ぬかもわからない。

それでもあいつを愛してる。だから・・・きっと、卒業まで待てない」

あたしは、何を言えばいいのかわからなかった。



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