ユーリはスープ皿とバケットをコーヒーテーブルに運び、あたしはただ黙ってそこに腰を

降ろした。

あたたかな食卓。ここに、こんなものがあるなんて考えてみた事もなかった。

アルコールと煙草。ジャンクフードの山。ドラッグ。それだけだと思っていた。

ユーリは静かにスープを飲み、薄く切ったパンを齧っている。

 ユーリも、女子高生の二択に嫌気がさしているのだろうか。

 心の中で思っていたそんな問いに答えるように、ユーリはしずかな表情のまま、

ぽつりと呟いた。

 「あたしさ、金、貯めてんだ。今のうちに稼いで、高校卒業したら、引っ越す」

 「引っ越すって・・・何処へ?」

 ばかみたいなあたしの質問に、ユーリは大人っぽく微笑した。

 「まだわかんない。黙ってたけど、あたし今、結構マジで付き合ってる男がいて、

10歳も年上なんだけど、そいつと・・・もし別れてなかったら、一緒にどこか遠くに。海外かも」

 ユーリの7人のパパは、ユーリの旅の軍資金だったのか。

 「・・・そうなんだ」

 あたしは、それだけしか言えなかった。

 みんな、嫌気がさしてる。退屈な世界。

窮屈な世界。過剰なテクノやムーブメントに、限られた選択肢。

気づかなければそれはそれでハッピーでも、後に残る虚しさを消し去れない毎日。

 シャンパンとスープとパンで夕食にして、皿を片付けていると、ドアチャイムが鳴って、

いつものメンバーがわらわらと入ってきた。

 「何、その服。二人して、双子みたい」

 既にどこかで飲んで来たのか、既に酔っ払った声のマキは彼氏にべったりと貼り付いて

いて、その言葉の真実には気づいていないようだった。

 後はいつもの繰り返し。

アルコールが回り、右から左、人から人へとスピードやガンジャがまわされる。

マキの彼氏がショーとして、黒魔術師の手さばきでベースの精製を始める。

大音響で音楽が流れて、誰かが踊りだす。スイートボックスの曲に合わせて腰をくねらせな

がら、今夜で排除されるというミーナが何度かあたしの方を盗み見しているのが見えた。

あたしはそれ気づかない振りをして、手渡されるクスリや酒を機械的に吸収した。

眩暈を伴うハイテンションの中、あたしはスピードにどっぷりと浸されて、たまご色の幻覚を見

ていた。

部屋中にさめたピザやポテトやアルコールや煙草やクスリの匂いが充満しているというのに、

あたしの鼻にはユーリのコーンポタージュスープの香りだけが残っていた。



  高1の夏休みは、誰もがそれなりに多忙だった。

 あたしは「カノン」としてポスター撮影の仕事をひとつだけこなし、マキは彼氏の子供を

堕ろし、ユーリは軍資金の為のパパを1人増やし、ショージやケンと組んで、熱心にオヤジを

狩り始めた。

あたしも何度か手伝ったのだが、ユーリはオヤジを1人狩る度に、表情がドライになってゆく。

時折、その乾ききった冷たい瞳が怖かった。

 「ユーリ。なんでそんなに焦ってんの?最近のユーリ、ちょっとヤバイよ。危ない」

ふたりきりになった時(これは製薬メーカーの部長だというオヤジがシャワーを浴びている

間だ。

ケンの作戦指令に従って、あたしたちは円山町の援交専用ホテルにいた)、

あたしはこっそりとユーリに尋ねた。ユーリはドライな瞳のまま、さっさと服を脱ぎ始めた。

「時間、ないから。あたし、卒業まで待てそうにないんだ」

ぼそりと呟いたユーリはそれ以上何も言わず、小型のポラロイドカメラをあたしに押し

付ける。

あたしは諦め、バスルームに向かって、大声で決められた台詞を叫んだ。

「ね、身体って、手で丁寧に洗うと一番つるつるになるんだよぉ」

バスルームに入ったユーリは汚いオヤジに抱き寄せられ、

ポンプ式のボディーソープをきれいなバストや首筋に直接かけられていた。

このテのホテルのお約束で、バスルームとベッドルームの境はマジックミラーになっている。

こちらからは丸見えなのだが、バスルームの中からは何も見えないのだ。

きれいなユーリの身体に、汚い精液でもかけるようにボディーソープをかけまくってニヤニヤしている

獲物に軽い怒りと吐き気を覚え、あたしは憎悪を込めてその顔をポラロイドで撮った。

ユーリは予定の5分を超過してもバスルームから出てこなくて、

オヤジの泡だらけの手で全身を撫で回されながら、いくつものシャッターチャンスを作った。

この演技と演出は、ユーリにかなうものはいない。

今回は、ウリを初めてやる子が怯えたようなポーズをわざと取って、獲物の欲望を高め、

ミラーの方にその汚い顔がまんべんなく写るように引き寄せるという方法だった。



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