「サンキュ」

 隣の部屋を借りて着替え、ワードローブに制服をしまう。

カタオカに渡されたケイタイだけは念のため布に結びつけ、それを身体にサリーのように

巻きつけて、あたしはユーリの隣に座った。

 「ショージとケンとサトルが後で来るよ。マキは男と来るって言ってたから、今夜は結構派手

にやるかも。後、女の子はサオリとミーナ。ミーナは最近ヤバくなってきたから、このパーティー

でラスト」

 「排除すんの?」 

 淡々とした口調に驚いてあたしが言うと、ユーリは煙草に火をつけて神妙に頷いた。

この部屋を訪れる人間の決定権は、部屋の持ち主であるユーリが持っている。

 「ミーナはもともとここの鍵持ってないし。バカじゃないから尚更ヤバイよ。

ジャンキー度もアップしてるし、レベルダウンしてるし。それに・・・マミの事、疑ってる」

 「あたし?」

 唖然としていると、ユーリはグラスにシャンパンを満たし、一気にそれをあおった。

 「カノンも、ここでは排除なんだ。この部屋に目なんか付けられたら、超ヤバイからね。

サツに入られたら、こんな秘密基地、あっという間だよ」

 ミーナはユーリの中学からの親友だ。パーティーでしか顔を合わせた事はないけれど、

きれいで感じのいい子だった。

 「それって・・・あたしのせい?」
 

 「マミ、のせいじゃない」

 静かな声で言うと、ユーリは立ち上がった。

 「おなか空いてない?マミ、ダイエットばっかりやってるじゃん。スープ作ってあげるから、

おいでよ」

 さらりと髪をかき上げると、ユーリはあたしの手を引いてキッチンに連れて行った。

 キッチンには、幾つかの食料品や調味料が増えていた。

ユーリは本気でここに住んでいるらしい。

 「イエ、帰ってないの?」

 なんとなくそう言うあたしを無視して、ユーリはたまねぎの皮をぺりぺりと剥がしていた。

鮮やかに彩られたマニキュアの爪と、たまねぎの色が不釣合いで、

どちらが嘘っぽいのかわからなくなってくる。

 「マミ、料理ヘタだって言ってたけど、これなら作れるよ」

 あたしの質問には答えず、代わりにいつか料理にチャレンジして失敗した時の愚痴に答えて、

ユーリはざく切りにしたたまねぎをフード・プロセッサーに放り込んだ。スイッチの音と共に、

たちまちたまねぎの匂いがキッチンに広がる。

 「鍋、出して」

 ぼそりと言うユーリに釣られて手近にあった鍋を差し出すと、ユーリはそこにバターを落として

ガスの火をつけ、粉々になったたまねぎを放り込んだ。

つんとした刺激臭に、目が痛くなる。

ユーリは換気扇を回して、無言でたまねぎを炒めていた。

 「透き通ってきたら、水とコンソメをちょっとずつ入れるの。後、これ」

 鍋に無造作に水を注ぎ入れ、くつくつと言っている鍋から離れたユーリは、

キャンベルのコーンポタージュスープの缶詰を器用に開けた。缶を振って、

鍋の中に円筒形のコーンスープを落とす。たまじゃくしで円筒を潰してミルクを注ぎ、

冷蔵庫に入っていたコンデンスミルクのチューブをほんの少しだけ絞って垂らした。

 「これ、小説で読んだんだ。ムラカミリュウ」

 ユーリはほんの少しだけ笑ってそう言い、S&Bのちいさな赤い缶をティースプーンで

こじ開けて、中のカレー粉を慎重に落とした。

 温かなスープの香りが鼻腔をくすぐって、あたしは手品を見る子供のように、

じっとユーリのしなやかな手つきを眺めていた。学校の授業以外でユーリが

料理をしている姿なんて、見るのは初めてだった。

 「味見して」

 小さな皿に丸く落とされたコーンスープを、あたしは慌てて受け取った。

ユーリの手つきにすっかり見とれていたのだ。

 たまご色の丸い液体にそっと口を近づけると、ユーリの声が「熱いからね」と小さく響いた。

 それをひとくち飲んだ瞬間、わけのわからない感情の渦に巻き込まれ、

あたしは泣きそうになった。理由もわからずに。

 「おいしい」

 ようやくそう言うと、ユーリは涼しく笑った。

 「パンもあるから、先に食べてよう。他のやつらが来る前に。

あいつら、ピザとかパスタばっかりで、見てるだけで食欲失せるよ」



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