ユーリがストローに口をつけたまま、ぽつんと呟いた。

「マミがなんか、遠くに行っちゃうような感じ。なんか…よくわかんないや」

じっとストロベリージュースのグラスを見つめているユーリの瞳が透明に静かだったので、

あたしの心の警報が鳴った。

ユーリはもともとマキ程しゃべらないのだけれど、時々すさまじい観察眼を発揮するのだ。

実際、あたしはこの二人をいずれ置いていこうとしている。今は仲良くやっているけれど、

二人が夢中になっている男遊びやオヤジ狩りやドラッグ・パーティーは、

あたしを夢中にはさせない。

モデルは、そういったものを全て置き去りにする為のステップのひとつなのだ。

「カノン」の値段は、あたしのよくわからない・・・つまりはどうでもいいところで、

文字通り吊り上っていった。

株式市場みたいなものだ。何を売り買いしているのか、本当に解っている人間が何人

いることやら。

あたしは最初に振り込まれたギャラで、マキとユーリに口止めをした。

マキは手渡された現金をシンプルに喜んだが、ユーリは嫌な顔をした。

「そんな金なら、いらないよ。あたしは黙ってるから」

ユーリの断固とした口調と毅然とした横顔に、あたしは何故か心を打たれたが、

それが何故なのかはわからなかった。

ただ、ユーリは信用していいと思った。結局、金はマキが全部アクセにつぎ込んだ。

カタオカは次の仕事が当分先になると言ったので、あたしは普通の女子高生になりすまして

授業をこなした。

「カノン」は全てが謎に包まれていて、一部の下品なマスコミが探し回ってちょっとした騒ぎになったけれど、

声ひとつ発した事のない、CFに1本出ただけの女の子を見つける事はとうとう出来なかった。

これはあたしのコンプレックスでもあるのだけれど、細くて平坦な身体つきの「カノン」は

CFで見る限り、10歳にも20歳にも見えた。カタオカの言っていた「雰囲気」というのは、

案外そういうところにあるのかもしれない。

ユーリは意外な協力者で、街を歩いている時に「ひょっとして・・・」と

声をかけてきたマスコミを撃退するのを手伝ってくれた。

「何、このオヤジ。何の用だよ。きったないなぁ。ユミ、行こう」

ユーリは頭がいいから、その辺にいくらでもいる馬鹿な女子高生の振りをして、

あたしをそいつらから遠ざけ、ご丁寧に必ず違う名前で呼んだ。

名前から足がつくのを避けたのだ。

違う名前で呼ばれる度に、あたしは自分が誰なのかわからなくなったけれど、

ユーリの手がしっかりとあたしを掴んで引っ張って行くので、ただそれについて行った。

そんな事が何回かあって、あたしは「カノン」の容疑者から外された。

二つ目の仕事の少し前の事だった。

マスコミが「カノン」を探しているところで、あたしはユーリのパーティーに出た。

バレれば大スキャンダルだけれど、バレる事はまず、ない。

相変わらずの日常。マンションはユーリが7人のパパからせしめた金で、その内の一人の

名義で借りている。

勿論、親には内緒だ。

あたし達はここを「秘密基地」と呼び合っている。

田舎のガキが森の中に作る秘密基地。

トーキョー・シティでは森はホームレスとレベルの低いジャンキーのテリトリーだから、

あたし達は港区に秘密基地をつくるのだ。そこは4LDKの豪華なマンションで、

家賃は月に50万するのだが、そのくらいの金をあたし達は簡単に作れる。

ユーリにマジではまっているオヤジがひとりいて、ユーリがちょっと甘い顔をしてやるだけで

金はいくらでも入ってくる。もっとも、そんな事をしなくても家賃に困る事はないのだけれど。

 不景気という言葉の意味を、あたし達は知らない。

 ユーリはこのところ秘密基地に寝泊りしているらしく、パーティー専用だった部屋に、

ちょっとした生活品が持ち込まれていた。学校帰り、あたしが早めにマンションに着くと、

バリ島の女の子みたいなファッションのユーリがひとり、革張りのソファにもたれてシャンパンを

飲んでいた。

 「早かったじゃん、マミ」

 制服のままのあたしを見て、ユーリはにこりと笑った。どちらかと言えば、あたしなんかより、

ユーリの方がきれいだと思う。大人びたまなざしは、鮮やかにあたしを射る。

 「学校からそのまま来たから。一度帰るのも面倒くさいしね。明日休みだから、

ユーリの家に泊まるって言って、そのまま来ちゃった」

 「泊まってくの?朝には部屋臭いよ。誰も片付けないし」

 ユーリは顔色ひとつ変えずにシャンパングラスをあたしに押し付け、ワードローブから

紫のキャミワンと青いインドの布を出した。

 「着替えたら?服に匂い、つくから」



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