カタオカは既にあたしの売り込み方を考え抜いていて、事務所の側にあるスタジオで
カメラテストをした後、ポラロイド写真を出来た順番に眺めながら「やっぱりこれで行こう」
と一人で納得していた。
「これって、何の事ですか?」
いろんな服をとっかえひっかえ着て、セットの中で言われるままのポーズや顔を作りながら、
あたしは尋ねた。
「名前、変わってるしね。へたに女子高生だ、何だって言わないで、
雑誌とかにも出来るだけ出ないで、ちらっとだけ見せてやるの。
ほら、プロフィール一切無しのものすごい美少女がいきなりCFに出てきて、
あれは誰だ?
て騒ぎになるやつ。その路線で行こう」ばかばかしい。
あたしが無視するのも構わず、カタオカはケイタイであちこちに電波を飛ばし、
「売り込み」の作業をスタートさせていた。
あたしはフラッシュを何度も焚かれながら、退屈していた。
別に、どうしてもモデルになりたかった訳ではないのだ。
ただ、このまま行ったらあたしはただの女子高生になって、援交とかして、
中学の頃、カタオカにスカウトされる前にちょっとハマったテレクラ遊びが再発して、
マキの彼氏のダチと寝たり、オヤジを狩ったり、そんな事をするだろうと想像がついていて、
そうでなければ勉強ばかりしているつまんない女の子になって・・・それが嫌だっただけだ。
今時の女子高生には、選択の幅がない。リミットまでメチャクチャに遊ぶか、退屈な日常に
甘んじるか。
ふたつにひとつ。あたしはどちらも嫌だった。
モデルをやってみようと思ったのは、その二択から抜けだす突破口になるかもしれないと
思ったからだ。
「えーっ。やっぱり、あのエヴリシングの女の子、マミだったの?」
渋谷の地下にある、うるさいだけが取り柄のバーで、マキはキウイジュースをこぼしながら
叫んだ。
数少ない仲間にモデルになった事を伝えるのに、この店を選んだのは、単純に周囲が
うるさくて他人の雑談なんて聞こえないからだ。アイスティーに口をつけて、あたしは頷いた。
エヴリシングというのは、ヒューレッド・パッカード社の新製品、超薄型ノートパソコンの
CFの事だ。
深夜枠でのみ、オンエアされている。
スイートボックスの曲がかかる中、簡単な操作で何でも出来る、という売り込みで
「エヴリシング・ゴンナ・ビー・オーライ」と男性のナレーションが入り、
あたしは白い部屋で何色ものブルーの薄い生地を幾重にも重ねたドレスを着て、
寝転がったり立ったまま画面を操作している。
そのうちにパソコンの画面いっぱいにあたし自身の顔がアップで映る。
そこに「CANON」とサインを入れ、笑顔のまま画面にアッカンベーをして、
あたしはその薄いパソコンの蓋を閉め、パソコンを置き去りにして部屋から出て行く
というCF。
真っ白な部屋に置き去りにされたノートパソコンは、はかない位うすっぺらで、
そのくせただひとつのリアルな物体という印象を視聴者に持たせる。
「すごいロングヘアだったし、化粧の感じも違ったから、まさかとは思ったんだけどね。
ヤラレタ。わかんなかったよ」
ユーリは苦笑してストロベリージュースのストローに口をつけた。
「あれ、ウィッグだもん。メイクなんか、ほんとは超濃いよ。
事務所のカタオカってヤツがうるさくて、メイクひとつにもケチつけんの。
年齢も国籍も一切わからないくらい変えろ、とか言って、
ブルーのカラコンとかつけさせられてさ」
「でも、あれ超キレイだったよ。CMっていうか、プロモ・ビデオみたいな感じで」
「デビュー作だもん。完全にプロモだよ」
すましてあたしがそう言うと、二人は爆笑した。
「ね、ショージとかも呼ぼうよ。CMのカノンがここにいるぞーって。あいつら、マジでぶっ飛ぶよ」
マキが瞳を輝かせてケイタイを取り出したので、あたしは慌ててそれを止めた。
「ゴメン。カタオカが当分あたしの事を謎の女の子って事にしてるんだ。
オンエアの時から事務所の電話鳴りっぱなしなの。
そうやって、あたしの値段吊り上げるんだってさ」
「げーっ。なんか、すごいね。ゲーノージンじゃん」
「本当は友達にもバラすなって言われてんだけど、そんなのあたしの勝手じゃん。
でも秘密にしといてよね。バレたらマジやばいからさ」
ふぅん、と不服そうにマキは呟いて、ケイタイをオヤジに買わせたというバッグに
しぶしぶしまい込んだ。
「なんか、大変そうだね」
「まーね、でもギャラ入ったらおごるからさ」
そうなだめると、マキは、え、マジ?あたしこの間いい店見つけたんだけど、高いんだよねー、
などとゲンキンにはしゃいだ。
「でも」
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