「別に。クラスメイトは渋谷やブクロにたまる事しか考えてないバカばっかりだったし、
そんなのに付き合ってクスリとかやるのもあんまり興味なかったから。
暇つぶし。
ただ、いきなり脱げとか言われるようだったら、興味ないからやめます」
これは、完全にハッタリだった。
本当は、予備校で仲良くなったマキやユーリとは、よく渋谷のクラブやユーリの
マンションでスピードなんかやって遊ぶ。マキの彼氏がその辺りではちょっとしたカオで、
へんな組織にも関わっているとか言っていたけれど、お陰でクラブは顔パス、クスリも
簡単に手に入る。
クールにうそぶいていたあたしを、カタオカはまとわりつくような視線で隅々まで観察した。
値踏みをしているのだ。あたしは知らん顔した烏龍茶の残りを飲んだ。
「気に入らなかったら、帰りますよ。ひまつぶしなら、ケンタッキーでチキンでも売ったって
いいんだし」
ねばねばした視線に嫌気がさしてそう言うと、カタオカはげらげらと笑った。
「面白い子だね。君。チキンなんて売ってないで、モデルやりなよ。結構、才能あると思うよ。
生まれついてのフォトジェニックってやつ」
「採用、て事ですか?」
一瞬クールな仮面が剥がれそうになってしまい、慌ててあたしは小首を傾げ、
その場を取り繕った。
「俺ね、こう見えても結構見る目はあんのよ。ええと・・・篠田真美ちゃん、ね。
君、かなりいい雰囲気持ってるから、イケると思うよ」
一応持参した履歴書に、カタオカは初めて目を落とし、ふーん、頭いいんだ、とか田園調布?
リッチじゃん、とかぶつぶつ言っていた。
生まれついてのフォトジェニック。言われてみると納得する。
ひとり娘で甘やかされっぱなしで育ったあたしは、小さい頃からハンディカムやカメラで
追い回され、ばしばしと撮られ続けていた。勿論、親に、だ。その度に顔を作ってやったり
ポーズを取ってやったり、子供心にもサイテーの義務だったけれど、こんな所で役立つのなら、
悪くない。
「じゃぁ、これ契約書。一応キミ、未成年だから、親のところにサインもらってきて。
あ、どうしても駄目だったら相談してね。こっちで手を打つから。サインもらえたら、
明日またここに来て」
カタオカがでかくてダサい鞄からごそごそと封筒を取り出し、あたしの前に差し出した。
「ありがとうございます」
無表情にあたしは言い、そのまま席を立った。
「ああ、ケイタイ必要だな。連絡取るのに使うから」
背中に降ってくるカタオカの言葉に、肩をすくめて見せると、
カタオカは先刻の厚化粧シミ女に真新しい携帯電話を持ってこさせた。
「これ使って。それから、本名でやるか名前選ぶか、決めといてね。
ほら、アンジェリカとかエリナとか、よくあるでしょ」
芸名。あたしはちょっと考えて、カノン、と答えた。
「カノン?パッヘルベルの、あれ?」
少し意外そうな顔をしたカタオカに、あたしは頷いた。
「スイートボックスの。あの曲、小さい頃にちょっと好きだったから」
呪文のようにカノン、カノン、と呟いていたカタオカは、再びあたしをまじまじと見て、笑った。
うすっぺらな笑顔。
「いいんじゃない?君の雰囲気に合ってるよ」
あたしは目礼だけし、さっさと事務所を出て、カフェから出てきたばっかりの
女子高生みたいな顔をして雑踏に消えた。
最後の難関は両親だと思っていたのだけれど、案外あっさり通った。
勉強はちゃんとする、へんな仕事は断る権利がある、と言ったら、
母親はけろりとして「いいんじゃないかしら。
真美は可愛いし、おかしなアルバイトをやるよりは全然安全だわ」と
言い放ったのだ。
昔、自分が世界で一番美しいと信じて疑わなかった母親は、その娘のあたしが
他の何処の子よりも可愛くて賢いと信じて疑わない。
それは、いつだってとてもうっとおしい。
父親は渋い顔をしていたのだけれど、母親のその一言に反論できず、
ドラマのかみなりオヤジみたいな反対の仕方はしなかった。
もともと母親も若い頃に宝石店で手タレをやっていた事があったし、
そんな彼女の美貌にのみ惹かれて結婚したのだ。
それ以上に話す事もなかったので、あらかじめ目を通しておいた契約書の内容を
説明し、サインをもらっておしまいだった。
翌日の学校帰りにまた事務所に行って、契約を済ませた。
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