FILM3 CANON-MAMI


バターとみじん切りのたまねぎを鍋に入れ、透き通るまで弱火で炒める。

焦げ付かないように、そっと。

水とコンソメを少しずつ入れて、くつくつと火が通るまで煮る。

コーンポタージュスープの缶詰の中身を鍋に落とし、ミルクでのばす。

煮立たせないように、スープが溶けて完全に混ざるまで、丁寧に。

隠し味で、コンデンスミルクとカレー粉末を少し。ほんの少しだけ。

よく混ぜて、きれいなたまご色になったら、味見をして、温かいうちに皿に移す・・・。


先に断っておくと、あたしは料理がまったく出来ない。

他の事だって、ちゃんと出来ているかなんてあやしいものだ。

そもそもこの世界で、自分が出来ることなんて、本当は何もないのかもしれない。

それでも、このレシピだけは覚えている。2回しか作った事はないけれど。

それは今のあたしに出来る、唯一の事だから。

それはその時のあたしに出来た、唯一の事だから。

たたの錯覚かもしれないけれど。ただの思い込みかもしれないけれど。

それでも。

あたしに出来た、たったひとつの事。

大切な。どうしようもなく大切な、何か。


高校に入って最初のゴールデンウィーク明けに、あたしはモデルになった。

これに関しては中2の時に表参道でスカウトされた時から決めていて、

シュミレーション通りに事が進んでいる。

たかがモデルと言えども、学歴は良いに越したことはないので、スカウトされた時に

「高校生になったらね」

と答えてそのカタオカという男からの名刺だけもらい、それから猛勉強した。

どこの世界でも一緒だが、モデルなのだからきれいであればそれでいい、

というイメージが持たれがちでも、そんな甘いもんじゃない事くらいはあたしは知っている。

幸いうちは割りとリッチで、田園調布と軽井沢にそれぞれ一軒家を持っているような

家だったから、親はひたすら勉強に励むあたしに好意的で、協力的だった。

つまりはうるさくない、という事だ。

そして、あたしは都立の超有名高校に入学した。

偏差値70以下の子なんて逆立ちしたって入れないような、名門校。

制服がメチャクチャ可愛かったのと、校則がルーズだったのが、その高校を選んだ

本当の理由だった。

2年前にもらった名刺を持って、ほんの少しだけ緊張して電話に向かい、

カタオカの事務所に連絡をつけると、面接の為に早速事務所の方に来て欲しい、と言われた。

カタオカがあたしの事を完全に忘れていたのにはムカついたけれど、

あたしはクールに振舞うのに精一杯で「学校帰りでいい?」と確認を取り、

制服のまま三茶の事務所を訪れた。

メイクと、普段履いているカジュアルなソックスは、散々悩んだ結果、却下した。

その辺のバカなギャルと同格に扱われては、あたしの中学時代の勉強がすべて無駄になる。


結局、シャギーのロングヘアを無造作に背中に垂らし、スカートの丈を計算尽くしたミニの位置に

固定し、かたちの良さにはちょっと自信のある足のラインがはっきり出るように、紺の薄い生地で

出来たクラシカルなポロ・ソックスを履いて、学校帰りにカフェでお茶しにきた、という雰囲気を

醸し出しつつ事務所へ行った。

ノーメイクの顔には薄いピンクのリップグロスだけ。色白でニキビゼロの小顔に、わざわざ

いかにもなファンデなんか塗ったら、いっぺんにランクを落とされるのはわかっていたから。

事務所の受付でカタオカとの面接の約束を告げると、頬のシミを濃いメイクで隠した女が

応接室っぽい部屋に通し、冷たい烏龍茶を出してくれた。ソファに深く腰掛け、スカートの裾

からパンツが覗かないように細心の注意を払って足を組みながらストローで烏龍茶をすすって

いると、2年前とたいして変わらない風貌のカタオカが部屋に入ってきた。

ダークスーツと、ホストみたいにセットした髪。

顔もまぁまぁ。全体的に言えば、ちょっと水っぽい、カタギじゃない感じ。

「やぁ。久しぶりだね。連絡、くれないかと思ってたよ」

嘘つき。忘れてた癖に。

あたしはそ知らぬ顔で烏龍茶を飲み、グラスを置いてカタオカに「どうも」と

微笑みかけてやった。

「で、なんで、モデルやる気になったの?」

くだらない質問。高校の面接と一緒だ。我が高を選んだ動機はなんですか?




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