「聞こえない」
「ユーリ」
「聞こえない」
「ユーリ!」
「聞こえない!」
「ユーリ!!」
ユーリ。ユーリ。ユーリ。ユーリ。ユーリ。
マミは何度も絶叫し、そのまま波の中に倒れた。
シャッターの音だけが、聞こえた。
そして、空。そして、波。そして、暗闇。
帰国したマミが久しぶりに学校に出てくると、マキは涙を堪えきれないままマミに飛びついた。
マキはユーリの葬儀に参列した。が、実感は沸かなかった。
「こんなのって・・・ユーリがほんとに死んじゃうなんて・・・嘘だよね?ねぇ、マミ」
実際、マキの最近の身近に起きる事は、マキの理解の範疇を越えていた。
夏休みに妊娠が発覚して以来、全てが狂い始めている。
彼氏だったヒロトに妊娠を告げた時に、本当に相手は俺なのか?と言われてショックを
受けた事。
結局堕胎の金はヒロトが出してくれたものの、それ以来ヒロトは冷たくなり、
10月の半ばには自分が完全に捨てられたのだと解った事。派手で華やかだった生活は
退屈になり、パーティーにも出られなくなった事。
そして、パーティールームを提供してくれていたユーリが、学校に来なくなったと思ったら
突然死んだ。
葬儀は地味で、嘘っぽかった。
マミは静かな表情のまま、そんなマキを見て、呟く。
「・・・ほんとだよ」
残酷だ、とマキは思った。何もかもが、残酷だ。マミも。
「マミ、悲しくないの?なんでよ、マミとユーリ、すごく仲良かったのに。悲しくないの?
そんなのって冷たいよ。あんまりだよ」
「悲しくない訳ないでしょう?でも・・・死んじゃった人間は生き返ったりしないんだから、
どうしようもないじゃない。あたしにどうしろって言うのよ!」
マミの手が閃き、持っていた鞄が壁に投げつけられて、がしゃんと嫌な音を立てた。
マキは呆然としてマミを見つめた。こんなに激しいマミを、マキは見たことがなかった。
マミはいつもふわふわとシュガーコットンのように甘くて、一緒にドラッグで遊んだりしていた
時も、決して暴力的になる事はなかった。マミは何事もなかったかのように鞄を拾い、
中を開けた。
中から、ぱっくりと割れた携帯電話が出てきた。
「・・・壊れちゃったの?」
震える喉から、マキはなんとか声を絞り出した。
次に何が起こるのかが恐ろしくて、マキの身体は意に反して震えた。
が、マミは冷静な表情を崩さないまま、ふっと微笑んだ。
「いいの。それ、もういらないから」
シンジ。笑って。
シンジ。愛してる。
ユーリの声が、今もシンジの周囲を取り巻いていた。
一緒に暮らした部屋は、ドラッグこそ処分したものの、それ以上は動かす気になれなかった。
ホストの仕事を辞めたシンジは、その部屋でひとりで暮らしていた。
ユーリの両親には、葬儀には来ないで欲しい、と言われた。
初めて会ったシンジに、彼らは冷淡だった。
ユーリが死んだ事がまるで自分のせいであるかのように言われ、
シンジは深く傷ついたが、それを弁解する気にはなれなかった。
結局、ユーリの葬儀に参列する事は、シンジには出来なかった。
笑って、と言ったユーリの笑顔が、今でも腕の中にあるような気がした。
ユーリはシンジの胸に寄り添ったまま、絶命した。
俺は、ひとりで死ぬかもしれない。
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