「ユーリ・・・具合はどう?」
心配そうに言うシンジは、とても10歳年上とは思えない頼りなさだ。でも、そこが大好きだった。
「そんな顔しないでよ。今日は気分いいんだ。
マミは今頃バリではしゃいんでるんだろうなぁ。一緒に行こうって誘われたけど、断っちゃった。
マミの前で倒れたら、あんまりだもんね。・・・ね、シンジ、あたしたちも行こうか、バリ島。
これが治ったら行こうよ。絶対、バリがいい。ありったけの金持って、バリ島行こう」
「そして、おとぎ話ライフ?」
ひっそりと哀しげに微笑むシンジは、あたしがもうこの病院から出る事はおそらくない、
という事実を知っている。
でも、あたしは知らん顔で笑顔だった。
「そう、おとぎ話ライフ。・・・なんかね、もうこれで、何もかも許せそうな気がするの。
・・・馬鹿な事もいっぱいやったし、すごく辛かったけど。マミがさ、あの子、本当に料理ヘタなの。
たまねぎひとつ、まともに炒められないんだから。・・・でもね、本当に必死な顔してスープ
作ってくれて、おそるおそる差し出してさ。美味しかったな、あれ。あれ飲んだら
、もういいやって思った。
これでいいんだって思った・・・。全部、許せるような気がした」
喉ががさがさとして、痙攣のような引きつった咳が口から飛び出す。慌てたシンジが
背中をさすってくれる。
涙がこぼれて、あたしはシンジを抱きしめた。
「ただ・・・シンジにだけは悪いことしたって思ってる。ごめんね。あたしのせいで」
咳が、止まらない。いつもとは、違う。
あたしの予感は、外れる事は滅多にない。
「そんな事はもうどうだっていいから!
・・・ユーリ、一緒に行こう。バリ島でも何処でもいいよ。一緒に行こう」
「シンジ、このまま抱いてて。・・・ねぇシンジ、あたし、シンジに事愛してるよ。マミも。
これって・・・なんて言うのかな」
「・・・親友、でしょ」
「・・・そっか。そうかも」
点滴の針が、動いた拍子にへんな方向にずれてしまったけれど、
そんな事はもうどうでもいい。
こんなもの、もう役には立たない。あたしの勘は、外れない。
ちいっさなまっちっへぇ、どっこぉでもいーわ、あなたといっしょ、ならね・・・。
声がかすれてうまく歌えない。けれど。
たのしいこっとっがぁ、あるったぁびにいつも、あなたがいれば、よーかったぁ・・・。
「シンジにも、飲ませてあげたかったな。あのスープ。
ほんとに、すごく美味しかったんだから。癒しのスープよ、あれは」
咳が止まらない。あたしの身体に繋がった機械が、へんな音を立てている。
かまわない。
「ユーリ、今医者呼ぶから」
「離さないで。・・・いいから、このまま抱いてて」
あー・・・なきむっしのこっどもみてーぇた、震える目で
・・・不安よ・・・ひつよおーと、しーていぃる・・・。
「あれはねぇ。うそでしょ・・・?」
「ユーリ?」
「歌の歌詞。嘘じゃない。本当でいいの。もう、いいの。シンジ、愛してる」
ピー、と野暮な機械の音を聞きつけて、医者や看護婦がばたばたと入ってくる。
あたしはそれを無視して、シンジにまわした両腕に力を込めた。
シンジのきれいな顔。茶色いきれいな、濡れた瞳。
「シンジ、笑って。シンジの笑顔が見たい」
ユーリ、俺も愛してるよ、と呟くシンジの目から、涙が頬に伝った。
わずかに微笑んだその顔を、涙がいちばんきれいに飾る。
「あー、そのとっきをぉ、わっすれはぁしない、とってもきれーな、目ぇだった・・・わったしが
見える、あっなたにうっつる、茶色の瞳のなっかっにぃ・・・」
「山崎さんっ」
低い、医者の声。ひとの一生最後のラブシーンだと言うのに。
「うるさいなぁ。邪魔、しないで。シンジ、笑って」
「ユーリ・・・」
「シンジの目、きれいだね。・・・愛してる。本当よ」
「・・・ユーリ。・・・ユーリ。・・・ユーリ・・・・・・?」
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