長い影の手をいっぱいに伸ばして「また明日ね」と声をかけあうように。
しかし、夏休みに入る直前に、その夢はいともあっさりと打ち砕かれた。
目の前にある、プラスティックの白い物体。
真ん中には赤い線が、きれいに入っている。
シンジは青白い顔をますます白くして、言葉もなくただ口をちいさく開いている。
「・・・妊娠検査薬、じゃ、ないんだよね・・・」
あたしはそうふざけて言おうとしたが、うまくいかなかった。
「HIV・・・ポジティブ、て奴、か・・・」
大手製薬会社の部長夫人、年中欲求不満のマダムがくれたというその物体。
日本ではまだ発売されていないという、唾液で検査できるちっぽけなエイズの検査薬。
「ユーリにも、伝染しちまってるかもしれない・・・」
振り返ると、シンジは声ひとつあげずに泣いていた。透明な涙が、ぽろぽろと頬を伝う。
それは、あたし達の消毒の証。
「冗談じゃないよ。こんなのオモチャじゃない。
妊娠検査の奴だって、最終的な判断は病院でって言ってるじゃない。
シンジがエイズだなんて、嘘だよ」
あたしよりずっと背の高いシンジを抱え込むようにして抱きしめ、それでもあたしは
自分の身体が震えているのを抑える事ができなかった。
シンジが、エイズかもしれない。
あたしも、エイズかもしれない。
コンドームをあたしもシンジも距離を遠ざける邪魔者と嫌っていて、あたし達は
安全日には無防備なSEXを何度もしている。
あたしも、HIVポジティブかもしれない。
エイズには確か、潜伏期間がある筈だ。・・・残された時間は、どれくらいあるのだろう。
「シンジ。あたし、もっと稼ぐ。卒業なんか待たなくてもいい。ありったけの金持って、
東京を離れよう。
・・・ね?前に話したじゃない。何処か、遠くへ行くの。
それで、死ぬまでおとぎ話ワールドで生きるのよ。ね?そうでしょう?」
「ユーリ・・・」
「あたしは、稼ぐ。HIVでもいいよ。どうせ女子高生買ってるオヤジなんて、
エイズで死んだっていいような人種だよ。忘れた頃に発病して、せいぜい驚けばいいのよ。
それに・・・発病するとも限らないでしょう。大丈夫だよ。お金沢山持って、高校やめて、
ふたりで遠くに行こう。ね?それでいいでしょ?」
「ユーリ・・・ごめん」
「謝んないで。・・・それでいいって、言って」
堪らず、あたしはシンジの頭を両手で掴んで胸に押し当てた。
こうしていると、シンジの方が寄る辺のないこどものように見える。
その頭に幾つか落ちた滴は、あたし達の絆。
「もうすぐ夏休みだもん。狩りなんて、幾らでも出来るよ。
うんと稼ぐから、止めないでよね。・・・冬になったら、どこかあったかい所に行こう。
熱帯なんていいな。太陽光線いっぱい浴びて、あたし達、生まれ変わるの」
あたしも、HIVポジティブかもしれない。
その不安を無理やり心から打ち消して、あたしは狩りの準備を始めた。
夏休みは、狩りと援交で潰れた。
仲間やブレインのケンと組んで、ネットやハッキングで獲物を見つけ、当たりのいい仕事を
増やし、ネットで斡旋してもらった7人目の契約愛人も作った。
ネットの方が身元の確認もハッキングで完璧に出来るし、援交に対する意気込みが
強いので、食いつきもいいのだ。金持ちも、多い。
獲物の探知をケンに任せ、確実に上玉の獲物がいるところへクルージングして、狩る。
一番簡単なのは、2人で組んでホテルまでついて行き、クスリで眠らせる方法だ。
片方が脱いで途中まで相手してやり、その写真をもう片方がばれないように撮る。
後で写真で脅して金をむしり取る事も出来る。
一人の場合はホテル内部に仲間を作っておけば、監視カメラを操作して、簡単に現場の
ビデオを撮れる。
適当に編集して他の仲間が脅せば、レイプまがいのビデオをばら撒かれたくないオヤジ達や
その妻が、金をコウノトリのように運んでくる。
契約愛人からは順番に会ってお小遣いをせがめば、7人もいれば結構な金額になる。
先に前金をもらってはいるが、あたしが持っている愛人達はSEXさえOKなら金は幾らでも出すと
いう連中だし、もともとそういった男を選んで契約しているのだから、難しい事は何もない。
月曜日には愛人に会って寿司を食べてSEXをし、火曜日に獲物を見つけて狩り、という暮らし
は、きつかろうがなんだろうが、手っ取り早く金になる。
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