マミはあたしの仕事のやり方が過激になっていくのを怖がっていたけれど、
あたし達には時間がない。何度か狩りの手伝いをしてもらった時に、マミにだけは事情を
話したら、彼女は何も言わなくなった。
多分、マミとあたしは同じ事を考えている。ただ、あたしには時間がないだけ。
もっと時間があれば、色々な事が話せたかもしれないけれど。もっともっと仲良くなって、
もっともっと分かり合えたかもしれないけれど。
あたし達には、時間がない。
あたしは稼ぎまくって夏休みを終えた。シンジはそんなあたしを心配してか、
一度だけ夜明けの海を見に行こうと、下田まで車で連れて行ってくれた。
が、疲労がピークに達していたあたしは、その瞬間に緊張の糸がほどけたのか、
過労で倒れてしまった。
そして、私立の大きな大学病院に緊急入院したあたしは、
シンジと一緒にHIVの検査を受ける事を考えていた。
単純な過労による入院だったので、入院期間はそう長くはない。
入院した事も、仲間の誰にも話さなかったので、あたしは病室でひとり、それだけを考えていた。
毎日来てくれていたシンジにそれを話すと、彼はただ黙って唾を飲み込んだ。
「いいチャンスだと思うの。残された時間を知る為にも。貯金だってだいぶ出来たし。
もしも・・・残りの時間が少ないのだったら、学校なんかすぐにでも辞める。どうせろくに行って
ないし、家だって殆ど帰ってないんだから、消えたってわかんないよ」
「・・・本気なのか」
シンジは寝不足の目をしばたかせて、軽く首を横に振った。
「本気。今更ウソ言ってどうすんの。学校なんか、もうどうでもいい。ね、行こうよ。
何処か・・・暑いところがいいな。熱消毒するの」
そして、退院許可が出るのを待って、あたしとシンジはHIVの検査を受けた。
「あっれはぁねぇ・・・うっそでっしょぉ・・・」
意味もなく、あたしは部屋でうたい続けている。TVをつけたまま、ソファの上にしゃがみ込んで。
HIVポジティブ。
それは、あたしだった。心当たりも・・・ある。
潜伏期間なんて、いつ切れたっておかしくはない。
「ユーリ・・・」
後ろから抱きしめてくれるシンジのぬくもり。涙がこぼれて、膝を包んだスカートを
ぱたぱたと濡らす。
これは・・・何の証にもならない。
「・・・あたし、さ。・・・レイプ・・・されてんだよね。ずっと前。あいつが・・・あいつが・・・」
言葉にならない。記憶から抹消処理をしたくて、顔さえ覚えていないやつの事。
あたしを最初に汚染した奴が、あたしに最も凶悪な汚染を施していたなんて。
手近にあったワインのボトルを掴み、あたしは喉を鳴らしてそれを飲んだ。
ちっとも美味しくなんかない。ムカついて、そのボトルを窓に向かって投げつける。
が、コントロールが悪かったのか、ボトルは窓の側の壁にぶつかって砕けた。
「嘘・・・でしょう」
意味もない言葉。嘘だよ、なんて言われたって、何にもならない。
あたしが、シンジにエイズを感染させた。その事実は何処にも行かない。何処にも行けない。
抱きしめてくれるシンジの腕を、あたしは乱暴に振りほどいた。
「触んないで。これ以上伝染ったら、どうすんのよ!」
「ユーリ!」
TVモニターに、素晴らしいタイミングで「カノン」のCFが映る。同じ事を考えていたふたり。
ひとりは秘密の花園で、もうひとりは・・・ドラッグとエイズに浸って。
涙を無理やり飲み込んで、あたしは立ち上がった。
「あたし、稼ぐ。ウリなんて、幾らでもやってやる。SEX欲しさでガキを買うような奴らなんか
・・・レイプするような奴らなんか、みんなエイズで死んじまえばいいのよ。
・・・シンジにまで感染させた・・・こんな酷い事なんて、ないよ!!」
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