FILM0 YU-RI


 お互いに似たような生活パターンを送っているので、彼と会える時間は限られている。

あたしが携帯で呼び出して「もういいよ」を言うまでは、彼は帰って来れないのだ。

 かくれんぼみたい、と時々思いながら、あたしはいつものナンバーにコールする。

この時間帯なら、シンジに携帯がOFFになっていることは滅多にない。

 「シンジ、こっち終わったけど」

 「助かった。眠くて死にそう」

 大げさな表現に思わずあたしは笑ったけれど、本当に眠たげなこどもっぽい声に免じて、

許してあげる事にした。部屋をざっと片付けて、コーヒーメーカーをセットする。

 コーヒーは、シンジのエネルギー源だ。

シャワーを浴びて落ち着くまでのエネルギーをチャージしてあげなければいけない。

 たった一杯のささやかなカフェインで、シャワーを浴びるエネルギーを造れるシンジを、

あたしは可愛いと思う。彼は、この部屋にいくらでもあるクスリには手を出さない。

あたしにしてみれば、そっちの方が余程効率的だと思うのだけれど、匂いが嫌なのだそうだ。

 本当は、クスリ自体が嫌いだという事も、あたしがそれをやるのを

心配している事も、あたしはよく知っている。それは、本来違法なものだから。

そして、脳と肉体、精神もろとも確実に破壊してしまうものだから。

 「高校卒業したら、やめるよ」

 以前そんな事を言ってやったら、シンジは心の底から嬉しそうな顔をした。

 依存症、という単語を知らないのではないのかと思うほど、無邪気な笑顔。

10歳も年上のくせに、彼は時々そんな顔をする。その天使のような顔は、

15歳にして既に汚れきったあたしの心身共に消毒してくれるような気がする。

 シャワーなんか浴びなくたって、シンジの笑顔を見ているだけで、

その消毒パワーであたしはきれいになれるだろう。

 換気の為に窓を大きく開け放つと、明け方の薄暗い公園でしっとりと濡れた木々や草花が

造る、まだ汚染されていない酸素が部屋に流れ込んできて、すぐに部屋の気温を3度程下げた。

ブルーグレイの酸素は心地よかったけれど、梅雨時の朝は少し寒い。

 空気清浄機でも買おうかな、と思ったところで玄関のドアが開き、

疲労で青白い顔をしたシンジが帰ってきた。

 「臭いなぁ、この部屋」

 ただいまとも言わずに、シンジは鼻をひくつかせて眉を軽くしかめた。

あたしはそれには気づかない振りをして、コーヒーテーブルに2杯のコーヒーカップを置く。

 「それに、寒い」

 「今、換気してるから。パーティーやってたの。もうみんな帰したけどね」

 温かいコーヒーを啜りながら、シンジは目を細めた。

 「またドラッグ?」

 「そう。いつもの連中と。狩りはエネルギー使うからね。たまには息抜きでもしないと、

やってらんないよ」

 狩りの話をすると、シンジは少しだけ嫌な顔をする。

 「ユーリ、あんまり無茶するなよ」

 「朝までサービスしてるホストに言われたくありません。

・・・大丈夫、リスクの少ないやつしかやらないし。あたしがそこまでバカじゃないの、

知ってるでしょ」

 シンジはちいさくため息をついた。

 「ジョシコーセイ、だなぁ」

 「仕方ないでしょ。本当に女子高生なんだから。手ぇ出してくるシンジの方が犯罪だよ。

・・・ね、ヒューレッドの新しいCF、見た?スイートボックスの流れてるやつ」

 不毛な話題を逸らす為に、あたしはこの間聞いたばかりのニュースをシンジに話す事にした。

本当は内緒なのだけれど、彼らにもシンジの事は内緒だから、おあいこだ。

あたしの最新情報。ドラッグよりも強烈にあたしの心を動かしたニュース。

 「パソコンのあれ?何だっけ・・・カノンって出てたあれ、モデルの名前かな。

結構、センスいいCFだったね」

 「内緒ね。あれ、あたしの友達」



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