こんなものが、ユーリの望んだ結果なの?
こんなものが?
エイズに感染した恋人。自分もキャリアーなのかもしれないと怯えながら、
セックス漬けになる毎日。くたびれて、疲れ果てて、物も考えられないくらいにぼろぼろに
なって。
クスリで手っ取り早く手に入る白昼夢に、ユーリは何を見ているのだろう。
落ち窪んだ目。何も見ていない瞳。
絶望。
これが、結果。
ユーリの絶望が足元からひたひたと感染してきそうで、
あたしは訳のわからない恐怖に駆られ、立ち上がった。何かしていなければ、
そのままパニックに陥るか、一歩も動けなくなりそうな気がした。
当てもなく部屋をうろつき、喉がからからにひからびている事に気づいて、
キッチンに何か飲むものを取りに行ったところで、床に転がっているたまねぎが目についた。
マミ、料理ヘタだって言ってたけど、これなら作れるよ。
静かな、母性に満ちたユーリの声が頭の中に蘇る。口数は少ないけれど、その分だけ
優しさに溢れていた。
これなら、作れるよ。
その声に衝き動かされるように、あたしは床に転がったたまねぎを掴んだ。
喉の渇きも忘れて、ただ夢中になってたまねぎの皮を引き剥がす。
ざく切りにして、フードプロセッサーに。
あの時、ユーリがそうしてくれたように。
ウィーン・・・と音を立てて、たまねぎがばらばらに粉砕されていく。
すると途端に、からからになったユーリが、粉砕されていくような鋭い痛みが全身に走る。
つんと痛む目から涙が出るのを堪え、換気扇を回して身体の震えを抑えた。
ユーリを、助けたい。
何も出来なくても、何かしたい。
その願いだけが、あたしを衝き動かす。その衝動に従ってだけ、あたしは動く。
鍋にバター。火にかけて、粉々になったたまねぎを放り込む。菜ばしでかき混ぜて、
たまねぎが透明になるまで。
が、手際が悪かったのか、バターがたちまち焦げて嫌な匂いを放った。
慌てて火を消したのだけれど、真っ黒になったバターがつんとしたたまねぎにこびりつく。
焦げたバターの匂いがユーリの死体を連想させ、刺激臭にやられて、あたしはその場に
座り込んだ。
涙が溢れて止まらない。
何もできない。
何か、したいのに。
今でなければ、絶対にいけないのに。
それなのに。
涙は後から後から溢れて、あたしはユーリの死という恐怖の前に座り込んだまま、
動けなくなってしまった。
「ユーリ・・・」
呟く声はもはや何の意味も持たない。あたしはただ涙だけをこぼし、
迷子の子供のように泣きじゃくり続けた。
「・・・マミ?」
どれくらいそうして泣いていたのかわからなくなった頃、声がした。
はっとして顔をあげると、ユーリが壁にもたれて立っている。
弱弱しいその姿が、逆に神々しくさえ見えた。
「何してんの・・・やだ、鍋焦げてんじゃん」
「・・・ユーリ・・・」
止まらない涙とぐずつく鼻をおさえて、あたしはユーリに抱きついた。
その衝撃でユーリの痩せ細った身体がぐらりと揺れ、慌てて抱えなおす。
「・・・マミ、ほんとに料理ヘタだね。火が強すぎたんでしょ。・・・どいて」
ユーリはふらつきながらも、苦笑して鍋に近づいた。別の幾分ちいさな鍋にバターを落とし、
たまねぎの焦げていないところを拾うようにして移し、弱火で火にかける。
「やってみなよ。見ててあげるから」
その微笑が美しくて、あたしは何も言えずに菜ばしでたまねぎを炒めた。
ユーリが見守ってくれている中で、慎重に、焦がさないように。
そこに水とコンソメを少しだけ加え、ユーリが開けてくれたキャンベルの缶を逆さに振る。
ミルクとコンデンスミルクと、カレー粉をほんの少しだけ。
キッチンにたまご色のコーンポタージュスープの香りが溢れる。
「・・・考えてみたら、あたし今日何も食べてないや。ちょうど良かった。マミ、一緒に食べよう」
ユーリは焦げた鍋を水につけ、スープ皿とスプーンを取り出した。
あたしが注意深く皿にスープを移すのを、微笑みながら見ている。
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