ユーリも今そのスタッフをやってる・・・ユーリ自身が望んだんだぜ。そんな目をしないでくれよ」

 気難しい顔つきになったケンにそう言われ、あたしは初めてケンを睨み付けている事に

気づいた。

慌てて目に籠もった怒りを押し留め、唇を噛んで堪える。

 「でも、だってユーリは・・・」

 「わかってるよ。ウリなんて、バカなガキのする事だって、いつも言ってた。

援交は金儲けの手段。自分の安売りなんて、絶対にしない。

・・・俺だって、それくらい知ってるよ。

ユーリのプライドの高さも、自分を客観的に・・・

正確に分析できる頭の良さも。だから変だって最初に言ったろ。

それでもユーリの方からやるって言ってきたんだし、実際ユーリの評判はメチャクチャいいんだ。

専用の部屋をヒロトが幾つか持ってるんだけど、ユーリはしょっちゅうそこに詰めてる。

予約が満員御礼状態だから。こっちも売り上げ急上昇でびっくりしてるよ。

・・・学校に来ないって言ってたけど、あれだけヤってれば、それどころじゃないんじゃないかな。

とてもじゃないけど、身体がもたないよ。家で寝てるんじゃないの?」

 あたしはため息をついた。ケンはユーリがHIVキャリアーかもしれない事は知らないらしい。

キャリアーをウリのスタッフに入れるほど、ケンは馬鹿な男じゃないからだ。

という事は、ユーリはそのケンすら騙して荒稼ぎをしている事になる。あてのない旅の軍資金を。

 「契約愛人に狩りにウリ。ユーリがあんなにタフな女だって、俺マジで知らなかったよ。

・・・でも、ヤバそうな最初からこっちで切ってるし、リスクは少ないよ。それは心配しないで」

 その客の方が、リスクはでかいよ。

 そう言ってやりたくなるのをなんとか堪えて、わかった、ありがとう、とあたしは答えた。

 と、不意にあたしのケイタイが鳴った。仕事用のケイタイの番号を教えている相手は

殆どいない。

ちょっとごめん、とケンに断って出ると、それはカタオカからだった。

 次の仕事の日程が決まったよ。またCFなんだけれど、今度はちょっとだけ情報を流す為に、

雑誌のグラビアの取材班も同行する。連休に合わせておいたよ。バリ島でのロケになるから。

ああ、パスポートは持ってるよね?

 「持ってます」

 「SPA!」のグラビアなんだ、知ってるでしょ、「SPA!」。

あんまり金にはならないけれどね。シノヤマキシンがカノンちゃんをきれいに撮ってくれるよ。

情報提供ということでもメリットは大きいし。かなりいい仕事になるはずだよ。

明日にでも一度、事務所に顔出して。大丈夫だよね?

 「わかりました」

 さっさと通話を切ると、シェイクを啜っていたケンは、不思議そうな顔をしてあたしを

見つめていた。

 「何?」

 「たいした事じゃないんだけど・・・ただ、今のマミ、機械っぽいっていうか

・・・アンドロイドみたいな顔してたから。時々、ユーリもそんな顔してたの思い出して」

 ユーリもそんな顔してた。

 ずっと前のパーティーで、マキがあたし達を「双子みたい」とからかった時の声が、

耳の中で反響した。

心が妙に騒いで、息が苦しくなる。

 あたしは立ち上がり、鞄を手にとった。

 「呼び出しておいて悪いけど、あたし、もう行くよ。

秘密基地に行ってみる。なんか・・・気になるから」

 ケンは静かに頷くと、俺は行かない方がいいだろうな、と呟いた。

あたしたちはそこで別れ、あたしはまっすぐユーリのマンションへと足を運んだ。


 「ユーリ?開けるよ」

 港区のマンションを訪れ、持っていた合鍵でロックを解除して中に入ると、

心の警報機が最大音量で鳴り響いた。昼間だと言うのに部屋の中はうす暗く、

ガンジャと退廃の強い香りが立ち込めている。

 ユーリはリビングのソファにもたれて、ぐったりとしていた。

ほんの暫く会っていなかっただけなのに、目を見張るほど痩せている。

目元は落ち窪み、顔色は真っ青だ。強い光を放つきれいだった瞳は、今は虚ろに虚空を

見つめている。

 「・・・ユーリ?」

 おそるおそる声をかけてみても、返事さえない。2,3度肩を掴んで揺さぶると、

ユーリは弱々しく抵抗の悲鳴を上げた。クスリがたっぷり効いていて、幻覚か何かを

見ているのだ。

 「・・・ユーリ。あたしだよ・・・マミだってば・・・」

 その場に座り込んで泣き出したいような気持ちになりながら、

あたしはユーリの肩を揺さぶり続けた。ひからびた死体のようなユーリは、

その度にかすかに唇を開き、声にならない呻きのような吐息を漏らす。



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