「ちょっと、気に入ったんだけどな」

 「アウトドアには向かないよ。こういうのは。・・・まだ少しだけ先の話だから、

今度行き先決めたらじっくり検討しましょう」

 「はぁい」

 この夏に買ったばかりだという薄いワンピースを着たユーリは、にっこりとして可愛らしく

返事をした。

そんな俺も、今日はTシャツにジーンズというラフな服装で、それだけ見れば女子高生とホスト

という間柄には見えないだろう。多少、肌の色が白すぎるかもしれないけれど。

 厚木でコーヒーを買う為に休憩を取り、271号線円から135号線に乗り継ぐ。

深夜の道は空いていて、トラックばかりが視界の後ろへ放り出されてゆく。

 最終目的地は、下田に決めていた。135号線は海沿いになっているので、途中で夜が

明けても東から昇る太陽を見る事が出来る。天気予報は晴天を示していたから、うまく行けば

遠くに大島を眺めながら朝日を浴びる事が出来るだろう。俺が簡単にそう説明すると、ユーリは

嬉しそうに頷いた。

 このまま行ければいい。

 リミットなんか届かない、遠くへ。どこまでも。

 叶わぬ願いと知りながらも、俺はそう願わずにはいられずに、アクセルを踏み込んだ。

 「真っ暗だね、この辺」

 135号線に入ると、ユーリは感嘆したようにそう言った。都会でクルージングをするユーリは、

田舎の景色を知らない。

 「この時間じゃね・・・じきに夜明けだよ」

 順調に車を滑らせ、幾つものカーブをすり抜けて、ベンツは下田から弓ヶ浜まで辿り着いた。

時間が少し余ったので、そのまま来てしまったのだ。

南伊伊豆は初めてだというユーリは素直にはしゃいだ。

 車を停めて海岸に降りると、白々と明けていく夏空の下で、海には漁船が点々としている。

 「後でうまい魚でも食べようか」

 「漁港の食堂みたいなところ?行ってみたい」

 嬉しそうに微笑むユーリが、俺にエネルギーを与えてくれる。

 リミットが、あってもなくても。

 少しずつ明るくなってゆく水平線から、ちらりと太陽が顔を出した。眩しさに目を細めると、

ユーリの腕がするりと俺の腕に絡まった。その白い頬が、朝日に染め上げられて輝いている。

 「ちいっさなまっちっへぇ、どっこぉでもいーわ、あーなったがいっしょ、ならね・・・」

 いつもの鼻歌を、小声でユーリが歌う。その清らかな甘い歌声と朝の光に、

全身が洗われるような錯覚を覚える。

 錯覚なんかでなければいい。

 汚染されたふたりから、全ての毒素が洗い流されれば。

 朝日としずかな波の音の中で。

 ふたりきりで。

 うたい続けるユーリの顔を見ながら、涙がこぼれそうになるのがわかった。

 「ユーリ・・・」

 幸せそうにうたい終えたユーリを、両腕で抱きしめる。この朝日にさらされて、

全ての毒素が洗い流されたなら。HIVウィルスも、何もかも。

 両腕に力を込めると、胸の中にユーリの笑顔があった。痩せた頬のライン。

朝日に照らされて輝く瞳。

 が、不意にユーリの目が細まり、そのはかなげな身体からがくりと力が抜けた。

反射的に支えると、昇りきった太陽の下でも尚、ユーリの頬は真っ青になっている。

 「ユーリ?」

 支えるこの手を少しでも緩めれば、今にも砂浜に崩れ落ちそうなユーリの痩せた身体を

強く抱きしめ、俺は何度もその名を呼んだ。

 「ユーリ!!」




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