「こんなの、ドラッグのうちに入んないよ。別に依存性もないし。ねぇ、お願いだから」

 早くもクスリが効き始めてきたのか、ユーリの唇がわずかに震えた。

 「嫌だ」

 尚も俺が撥ね付けると、ユーリは涙をこぼしてベッドから飛び降り、

雌のシカのように素早く部屋を飛び出して行った。

 「ユーリ?」

 慌てて、はだかにジーンズという中途半端な格好のまま寝室を出てユーリを追いかけると、

ユーリはキッチンの隅にうずくまっていた。膝を抱え、ナチュラル・エクスタシーの小瓶を手に握り

締めて。その頬を、涙が次々とつたう。

 「・・・ユーリ、何かあったんだろ。話してくれよ。どうしたの」

 「・・・今日・・・あいつを狩ったの。製薬会社の・・・」

 製薬会社部長。その情報は俺が流したものだ。

そいつが女子高生相手の援交をたまにやっているらしいという話を夫人の愚痴から聞き出し、

ユーリに話した。ユーリは仲間と部長の居場所を探し当て、早速そいつを狩ってきたらしいが、

やはり割り切れない思いがあったのだろう。

 俺がHIVでさえなければ。

 高校を卒業したら、今の生活とは縁を切ると言っていたユーリを、この俺が汚したりし

なければ。

 「殺菌・・・されたかったの、あたしの方だった・・・」

 つめたい床に座ったまま、震える声でユーリが呟く。その呟きは、

どんなナイフよりも鋭く俺を突き刺した。

 「ユーリ・・・ごめん」

 「何でシンジが謝るの。・・・わかってるんだ。・・・悪いのはあたしの方だって」

 俺が、ユーリを汚したりしなければ。

 ユーリの手から小瓶を取り、その中身を少し取って、俺は飲み込んだ。嫌な味が口に

残って、冷蔵庫のミネラルウォーターで飲み下す。

 「お揃い」

 そういってユーリの頬に唇をつけると、涙の塩辛い味がした。

 「シンジ・・・ごめんね」

 涙混じりのユーリが囁いた。心臓をぎゅっと掴まれるような、切ない声。

 こんなにもか弱いユーリが、オヤジを狩っている姿を俺はまだ見たことがない。見たいとも

思わない。

 ただ、守ってやりたいとだけ思う。切実に。何よりも切実に。

 俺はユーリを抱き上げ、寝室へ戻りベッドにそっとおろした。

 「汚れたまんまじゃ、気持ち悪いだろ」

 そう言ってユーリのしなやかな身体に唇を這わせると、ユーリは快感に打ち震えながら、

ちいさな声で、笑って、と呟いた。

 「え?」

 「笑って。あたし、シンジの笑顔を見てると、それだけで殺菌されたような気持ちになるの。

だから、笑って」

 エクスタシーが効いてきて、軽い眩暈を覚える中で、ユーリの声が天使のそれのように

響いた。

炎に炙られたようにくねる身体と、せつない声。歓喜と哀しみの入り混じった顔。

透明な涙。熱い吐息と、その後の鼻歌。


 何度も身体を重ねた後で、聞こえるちいさな鼻歌に思わず俺が微笑むと、

ユーリは初めて気づいたように笑った。清らかな、愛らしい笑顔。

 「あれはね、ていう歌。昔、大好きだったんだ・・・」

 俺の腕の中で歌いながら、ユーリは眠りに落ちた。

 海へ行こう。

 そんな思いが日に日に増していく中、ユーリは少しずつ痩せていった。

 ドラッグと、連日に及ぶオヤジ狩りのせいだ。

 「こんなはした金じゃ、おとぎの国なんて行けないもの」

 止めようとすると、ユーリはぴしゃりとそう言って撥ね付けた。

頑固なのは、出会ったばかりの頃から変わらない。

 オヤジというのは、どこから湧き出てくるのかしらないが、

ユーリは出かける度にちゃんと獲物を捕らえ、感嘆するほどあっさりと大金を持ち帰ってきた。

一日で50万も持ち帰ってくる日さえある。女子高生という職業は、へたなホストやホステス

よりも余程金になるという事に、改めて驚かされる。

 ただ、そのせいできれいな肌は少しだけ荒れ、

頬のラインがげっそりと落ちたユーリを見るのは辛かった。

俺も稼ぐには稼いだのだが、店の盆休みもあって、ユーリの稼ぎには及ばなかった。




 -12- 



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