夏休み。

 新鮮な響きに、改めて自分の年齢を実感する。ユーリはまだ高校生なのだ。

 「そうか。じゃぁ、海でも行こうか。もうすぐ家、着くから」

 タクシーに左折の指示を出しながらそう言うと、ユーリは愛らしく笑った。

 「疲れてんでしょ。いいよ、今度で。あたしも疲れてるし。

シンジの殺菌をしたら、一緒に昼寝しようよ。

今日オフなんだ。寝室の窓開けてさ。二人でごろごろしてようよ」

 「あ、コーヒー」

 コーヒーは、俺が何よりも信用している飲み物だ。どんなに疲れていても、

ユーリの淹れてくれた一杯のコーヒーさえあれば、元気になれる。優しくなれる。

 「いれとく。うんと濃いやつ」

 「ありがとう。もうすぐ着くから」

 「わかった。ちゃんと殺菌してあげるからね。じゃぁ、後で」

 殺菌、ね。

 ユーリのそういうところが、俺は可愛いと思う。ユーリは自分から進んでオヤジを

狩ったり、援交まがいの事をしたりドラッグをやったりしているのに、

それによって汚染されているのだと信じている。

そして、俺もまた自分から進んでホストの仕事やマダムたちとのSEXをしているのに、

俺の方が汚染されているのだと信じている。

 実際のところ、汚れ具合は確かにそうなのだけれど。

 ただ、ユーリと一緒にいるだけで、その汚染は消えていくような気持ちになる。

ユーリの愛らしい微笑みを見ていると、それだけですべては溶けてゆくような、そんな

気持ちになる。

例えそれが未練がましい幻想でも。

 海に行こう。ユーリと一緒に。

 俺はそう思いながら、タクシーを急かした。

 「何回ヤってきたの?今日」

 形のいい唇で俺のペニスをくわえながら、ユーリはそういう事を平気で聞く。

 俺は苦笑して、ユーリの殺菌パワーに身を委ねながら、2回、と正直に答えた。

ユーリに嘘をつくのは、少なくとも俺にとっては、象にベリーダンスを踊れというのと同じくらい

無理な話だ。

 「2回?同じババァ相手に?よくやる気になるね」

 「ちょっとね。金になる相手だったから」

 これは嘘ではない。ただ、相手があの製薬会社部長夫人だという事は言わなかった。

 俺のHIVが発覚して以来、その話題はタブーになっている。

事実は曲げようがなくても、ユーリの夢だけは叶えてやりたいからだ。

その為に俺たちは働いている訳だし、ささやかな夢でも資金は必要だ。

いくら必要なのかは、お互いにわからないけれども。

 「・・・ユーリ?」

 ペニスから唇を離したユーリが何かを飲み込むのがちらりと目に入り、俺は途端に嫌な

気持ちになった。

 「今、何飲んだの?」

 思わず厳しい声になりながら俺が尋ねると、ユーリはナチュラル・エクスタシーの小瓶を

俺の手に置いた。

 「シンジも飲んで。お互い汚染度MAXだもん。それくらい、必要だよ」

 罪悪感のまったくない口調でそう言われ、俺は瓶を床に放り投げた。

 「ユーリ。俺たちはこんなもの必要ないだろ。他はともかく、

俺とやる時にこんなもん飲むのはやめてくれよ」

 ドラッグは、俺がこの世でもっとも嫌悪するもののひとつだ。

それで駄目になる連中は何人も見てきたし、今でもユーリが仲間とやるドラッグ・パーティー

には賛成する気にはなれない。ユーリがそんなものを必要としている事さえ、ユーリを愛し

ているとはいえ、やはり理解できない。年齢差、と言われればそれまでなのだけれど。

 ユーリはたちまち険しい顔つきになり、俺から離れてエクスタシーの小瓶を拾い上げた。

 「シンジだって疲れてるんでしょ。コーヒー一杯で回復するなんて、信じられない。

途中で疲れたとか言われたら、あたしがどんなにイヤな思いするのかわかってんの?

ちゃんと殺菌したいの。ババァの汚染残したシンジなんて、あたし耐えらんないよ」

 「ユーリ・・・。こんなもの、本当に必要ないんだ。頼むから、やめてくれよ」

 哀しい気持ちになってそう呟くと、ユーリは瞳を潤ませて俺の胸を叩いた。

 「でも、もう飲んじゃったもん。シンジ、今だけでいいから、飲んで。一人でやるの、嫌なのよ。

飲めないやつと酒飲むのと一緒だよ」

 「ドラッグと酒じゃ、レベルが違うだろ」



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