心を軽くすれば空を飛べる。
 だから、心の中身、全部失くして、カラッポになってしまいたい。





カギのかかる天国 2







 強風に髪が散らかる。
 遮るもののない屋上はグランドから細かい砂も巻き上げて、この季節は校舎の中で一番冷たい風が駆け抜けてゆく。
 太陽黒点のスケッチノートは、既に片付けた鏡筒ケースの中に一緒に入れた。
 週に一回、続けているスケッチ。4月の頃に比べれば、随分「黒点らしい」絵になってきた。
 観測は終わった。屋上は寒い。
 なのに、ここで待たなきゃいけない気がして、ぼんやりと空を見上げていた。

 何も考えたくなくて、携帯音楽プレイヤーの音量を耳が痛くなるまで上げた。

 ガシャガシャ、屋上の扉のドアノブが揺れる。外側からカギをかけているから。
「宮原、いるんだろ?」ドン、ドン、拳で扉を叩く音。忙しないな、三谷は。
 しばらく無視する。
 静かになったけれど、気配は消えない。
 カギを開けて、細く扉を開くと、しょぼくれた三谷が背中を向けて座ってる。

「なあに?」
「なんで、すぐに開けてくれないの?」
「聞こえませんでした」

 首にぶら下げたイヤホンからは今も大音量でソプラノヴォイスのコーラスが聞こえてる。
 幻への恋はどこへ行くのでしょう。そんなうた。
 元気の無いまま、三谷は屋上へ滑り込んでくる。後ろ手にまたカギを閉めて。

「あの、さ。昨日、カッちゃんと何か、あった?」

 大アリだ。三谷が小村に喋ったせいで、小村まで巻き込んでしまった。
 小村の激情を煽ったのも三谷だろう。
「宮原のことが好きなら捕まえておかなきゃ」とでも言ったか。
 確かに、小村は奪うだけじゃなくて、与えてくれるよ。これまでも、これからも。
 けれど、俺自身はほぼ何も変わってはいない。
 小村に犯されながら、すまないと思う気持ちでいっぱいだった。

「あいつに何かあったら、三谷が責任とれよ。俺は知らないからな」
「どうして?」
「こんなつもりじゃなかった。俺だって小村を傷つけたくはない」

 誰も愛せない。誰にも愛されたくない。
 そんなことで、生きてゆけるとも思っていない。ただ、誰かに依存したくは無かった。
 ひとりで生きることを切望しながら、独りになれば自分に絶望するに違いない。

「じゃあ、なんでカッちゃんに許したの?本当は好きなんでしょ?」
「今だけだよ」
「今だけ?」
「三谷は何故小村を仕掛けた?」
「だって、僕では宮原を止められないから、仕方ない」

 半分は本心だろう。利己的な理由で親友を利用した。
 残り半分は小村の為。小村の興味が俺自身に移っていたことに、気付いていた。
 逃げられないように、カギをかけて閉じ込めて。

「芦川は?何て言ってた?」
「謝って来い、って言われた…」

 ようやく、この、小村の件で溜飲が下った。
 元々、芦川が三谷をきちんと監督していれば、こうはならなかったはずだ。芦川が謝らずに三谷を寄越すのも、彼なりの反省だろう。
 芦川は判ってる。俺と小村の関係が痛みしか生まないことを。

「じゃあ謝ってよ」

 尊大に言うと、三谷はぐっと声を詰まらせる。
 自分は何もワルイコトはしていないと態度が主張している。
 やれやれ。これでは俺の想いが三谷に届くのはまだまだ先になるな。
 謝罪の言葉の代わりに、三谷の手が伸びて俺の肩をぎゅっと引き寄せた。
 身長にそう差は無いけれど、三谷の腕は見た目の細さからは想像不可な程力強い。

「宮原、身体が冷たいよ」
「屋上にいればそうなるよ。三谷もすぐに」

 続きは熱い唇と舌に持っていかれる。優しいキスだった。
 応えて舌を絡ませると、失くしかけていた熱が呼び起こされる。

「みやはら、さ、僕や美鶴とはしてもいいの?」
「うん。でも小村はダメ」
「そこんとこの差がよく判らない。カッちゃんは僕らよりも宮原のこと好きなのに」

 だからだよ、判らないヤツ。
 苦笑じゃなくて、本気で笑う。
 不思議そうにしてるくせに、再び降りてくるキスも熱くて甘いものだった。


 いつか、全部捨てて逃げ出せるように。










もう一回カツミヤに続く〜



2006.11.15


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