嘘をつくのも、隠すのも上手くて、身体はそこにあっても心は触れさせてもらえない。
部屋にカギをかけるのは、心が飛び去ってしまわないように。
カギのかかる天国 3
一度目のキスが終わって、克美は自分の部屋のカギをかけた。扉の向こうからは一階の賑やかな話し声がわやわやと聞こえてくる。
階下に降りれば、隣の席の客と喋るのにも声を張り上げなきゃならないほどだから、ここで多少の声を出したところで店には聞こえない。そう解かってはいるけれど、秘め事、そうまさにヒミツのことをしてる間、宮原は滅多に声を上げたりはしない。
「週末はこっちに帰ってることが多いのか」
「そう。土曜は塾で、日曜は空手。その後バイトに行って、寮に戻る」
「休んでるヒマないじゃんか」
肩をすくめて苦笑する。芝居がかった仕草なのにおかしくないのは、本当にどうしようもないからで。
隣に座って手を伸ばすと、ふらりともたれてくる。
「ここで休めるからいいよ」
「休ませてないよーな気がするよ、オレ」
宮原はまだクスクス笑ってる。
前に三谷が言ってた。宮原のことを本当にわかってるのは、芦川か、その妹のアヤちゃんかどちらかだろうって。手持ちのカードがよく似ているから、本気の勝負に出られたら太刀打ちできない。
悔しいけどその通りだと思う。
けれど、克美の前で緩く瞼を閉じるのは、誘っているからとしか思えないわけで。とても重いものを預かるような気がして。
唇で触れる冷たい唇、舌先でなぞる、こじ開ける、触れ合わせる熱い舌、奪う呼吸。
ほぼ、なすがまま。
「宮原、おまえ、ヘンだ」
「何が?って行為が可笑しいっちゃあ可笑しいけどさ」
「そうじゃなくて、なんで全然抵抗しないんだよ?」
このままセックスになだれ込んでも、どんなひどい目にあわせても(実際、ひどい目にあわせたことがあるけれど)、苦痛に呻いたりはするけれど、絶対に抵抗しないのだ。
マゾなのかとも考えたけれど、そうじゃない。悦楽も苦痛もひとつずつ確かめてる。
宮原祐太郎という名前のコンピューターに、小村克美をインプットしてゆくような、そんな感覚。
「ごめん」
「だから、なんでそこで謝るんだ」
「やられてる方よりも、やってる方が辛いだろ。特に、小村は」
誰かと比べてる。三谷か芦川か、それとも他の誰かか。
嫉妬が駆け抜けて、乱暴に押し倒した。シャツのボタンを外して胸元を開けば、無数に所有印がつけてある。新しい赤色、薄い桃色。
「浮気者め」
「小村に振られたときのショックを紛らわそうとしてんだよ」
「振って欲しいか」
宮原がぴくりと震えた。瞳が泳ぐ前に閉じられる。
隠そうとして隠し切れなかったのが、恐怖なのだと、直感でわかってしまう。
ひとりになるのが怖い、ひとりでいるのも怖い。
自分を傷つけることだけは平気なんだ。自分ひとりならいくらでも耐えられる。
「宮原」
横たわった身体に体重を乗せると、安堵のため息と、熱い腕が背に回る。
背を這う頼りない指先が、幼い迷子みたいだと思った。
続くかも…えろが。
好きになってもらいたい、必要とされたい、だから優等生な宮原。
本当は、失くすことが恐くてたまらない。
2006.11.15
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