『学祭』




 LHRの議題「学祭」の意見はまとまる様子を見せない。
 「目立つことをやる」というのがクラスの基本姿勢だが、多数決の段階になっても「楽器演奏」「演劇」「全員ダンス」が拮抗している。詳細になるとバンドやウケを狙える女装劇などは既に2年生が押さえてしまった。意外性を狙うという話に及ぶと、教室はますます騒ぎが大きくなっていく。
 困り果てた学祭実行委員が、議題の行方を見守るクラス代表・宮原に助けを求めた。

「全部すればいいんじゃない?」

 涼しい顔で言い放ち、黒板に彼の計画が説明がてらカツカツと書き並べられてゆく…。


 美鶴も涼しい顔でこの時間を過ごしていた。こちらは議題そのものに興味がもてなくて無関心なのが宮原との差だ。どうせ何かをやらされることには変わり無い。どの役に当たろうとも、練習が少なければそれでいいと思う。堂々と机の上に文庫本を出してページをめくっていると、喧騒の種類が変化したことに気付き、顔を上げた。
 黒板に書かれた文字を読めば、楽器演奏は和太鼓になったらしい。これまた文化的な。文化祭だからいいのか。
 大太鼓、小太鼓、鐘・・・・クラスメイトの名前が連なっている。残りは、笛だけだ。

「芦川、笛でいい?」

 実行委員の五十嵐がチョークを握りながら聞いたので、頷くだけで応えた。すると廊下側の席でシャキッと手が上がる。

「僕も笛に変更!簡単そうだし」

 言わずもがな、三谷亘。笛、の下に、芦川、三谷と並ぶ。亘が嬉しそうにへらっと笑うのを、美鶴は「バカ」と呟きつつ頬杖で口元を隠した。
 五十嵐の隣で教壇にもたれかかるように立った宮原が、含みのありすぎる笑みを亘に向けた。

「三谷、お前自分で笛に変わったんだから、寸劇は主役な」

 そのひと言で亘はざっと青ざめた。美鶴はホッと息を吐く。亘が言い出さなければ自分が主役になっていたかもしれないからだ。HRを聞いていなかった自分に少し後悔する。

「まあ、そう難しいことはしないよ。笛も寸劇も」

 そう言う宮原の背後で、五十嵐が「寸劇とマツケンサンバは全員参加」と書き足している。
 一体何の劇をするんだろう。メインが和太鼓で劇はオマケ、「寸」とつくくらいだから大した物ではないだろう。和太鼓に合わせて時代モノ?
 まあいい、練習のときに聞けば。亘は席の近い友人たちと談笑している。笑っている。それだけで美鶴は暖かい気持ちになって、再び文庫本へと視線を落とした。




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 ダン、ダン、ダン、ダダダダダダダダン!!
 交替々々に力強く繰り返されるリズムを横目で見ていると、シュッと目の前に黒いものがよぎる。
 それは黒い篠笛。宮原が美鶴の注意を引くために目の前で振ったのだ。
 舌打ちは宮原の耳に届かなかった。けれど、美鶴の引き結ばれた口元を見れば「面白くない」と考えているのは一目瞭然。

「大太鼓の方がよかった?」
「男子校らしいよな。喧嘩太鼓だろ?」

 打ち慣れてくると徐々に振りが大きくなってくる。見る人が見れば素人だろうが、何も知らない美鶴が見れば勇壮に見える。

「芦川はあっちでもサマになっただろうね。ほら、練習」

 宮原は別の篠笛に口を当てた。ぴいい、高い音が大太鼓の轟音を貫いて響く。
 仕方なく美鶴も借り物の篠笛を構えた。音出しの基本は、ビンに息を吹いてホーっと音を出すアレに似ている。
 ひゅうう、頼りない音が出る。強く吹けば裏返る。

「最初から音が出るとはねぇ。勘がよくて教えやすそうだ」
「宮原、なんでお前笛なんか吹けるんだ」
「今年の町内会盆踊り大会でやったんだ。小村が太鼓で。和太鼓は五十嵐もやったことがあるし、この演目なら2年に負けない」

 はあ、美鶴は、呆れ気味のため息を漏らす。
 宮原以下、このクラスには2年生の現・生徒会執行部との確執があるヤツが数人いる。対立してると言っていい。そのせいか今回の学祭の舞台も、いい場所はほとんど2年生が押さえてしまったので、1年生の有志が結託して正門前に簡易舞台を作る騒ぎにまでなったのだ。(結果、その方がウケそうだ。雨天の場合は完敗だが)巻き込まれるとばっちりを不愉快に思ってるのは、このクラスでは美鶴くらいだったりする。
 宮原が姿勢を正して、笛を鳴らす。
 狙った位置に強く息を吹き込めば、同じ甲高い音が出せそうだ。美鶴も深く息を吸い込んで、打つように息を吹き出した。
 けど、何で、亘は一緒に練習しないのだろう。



「ねぇ、カッちゃん。なんで僕の練習がカッちゃんと一緒なのさ?」
「笛以外にバク転も教えてくれって言われたよ」
「聞いてないよ・・・」

 放課後、居酒屋こむらの2階の部屋で、亘は「ヒミツ特訓」を受けていた。
 小村の小父さんが自治会のお祭り用太鼓を亘のクラスに貸してくれた。学祭で亘が篠笛を吹くと伝えたら、「教えてやろう」と上機嫌で返されたのだ。
 小父さんの教え方はとても上手かったし、付き合ってくれるカッちゃんと戦国RPGの音楽ゴッコをして遊んだりするのも楽しかった。
 遊んでいるうちに上達できるのはいいけれど。
 そして、夕方になるとカッちゃんは自宅居酒屋が開く前に、カッちゃんの高校の仲間たちが集まってる場所へ亘を連れて行くのだ。みんなで、ストリートダンスの練習をしている、フットサル場近くの溜まり場へ。
 最初は知らない人の間で戸惑っていた亘も、誘われるままに一緒に身体を動かしていると、自然とリズムに馴染んで手足が伸びるようになってくる。

「ミタニ!バク転できるようになったじゃん。バク宙もやってみろよ。サポートしてやるから」
「む、むりだよ、そんなのー!」

 できるできる!違う制服だけど、同い年の仲間が楽しげに手拍子を打ち出した。
 困ったな、と思いつつも、カッちゃんの丸い目が「できる!」って言うから。
 亘はついつい乗せられて、軽いステップの後、思いっきり飛んだ。一瞬なのに、カッちゃんはその隙を逃さないでサポートしてくれた。
 視界がくるりと回る。
 すごく気持ちいい。酔うような快感と、少しの罪悪感。
 ここに美鶴がいれば、もっと楽しいのに。




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『芦川のことだけ考えてやってみろよ!きっとうまくいくから』

 亘の耳に、鍛えてくれた親友・小村克美の言葉がこだまする。


 渡り廊下を仮の舞台に見立てて、寸劇の練習をしている。バラバラ落ちる豪雨のような小太鼓の急かす音。
 狭い通路にひしめく10人近くの「敵・平家」を相手に、亘はひらりひらりと飛んで逃げる。
 演目は「牛若丸」。亘のアクションはJA○もビックリの完成度だ。

「配役、ぴったりじゃないか!」
「三谷上手い!」

 出番待ちの連中が手に汗握って場面を見守る。亘だけではなくて、混じっている剣道部員の殺陣もかなり上手い。
 全体を見渡す渡り廊下の中央で、プロデューサー役のクラス代表と学祭実行委員に、褒めちぎられる亘の演技を見て余計に機嫌を悪くする美鶴が冷ややかに問う。

「で?何で俺が静御前?」

 牛若丸、源義経の想い人。
 今年こそは女装をしたくないと宮原には再三言っていたのに、合同練習のこの日になって突然その役を言い渡されたのだ。

「怒るなよ。白拍子ったって女装はさせないからさ」

 宮原は亘と太鼓の組から目を逸らさない。五十嵐と一緒に細かなチェックをメモし続けている。

「…それはそれでいいけど、何で?静なんだろ?」
「芦川はもともと美少年カテゴリなんだし、そのままの方が絶対女子ウケするから」
「女物の内掛けは持っててもらうけどね」

 学祭は来客にも演目評価をさせて、順位を決めるのだ。最優秀を勝ち取るつもりの演目に妥協はない。いつになく、宮原も本気モードだ。これ以上、口を挟めなくなってしまう。

「ほら、次出番だろよ。芦川は前向いてやってりゃいいから」


 廊下の端に、内掛け代わりの風呂敷を被った美鶴が立ち、篠笛を吹き鳴らした。切ない風のような音色。
 亘以外の動きが一斉に止まり、立ち木のように固まったクラスメイトの間を抜けて、亘は美鶴の傍へ駆け寄った。
 出逢って、見詰め合って、亘も懐から篠笛を出して共に吹く。切なさにどんどん色が混じっていく。
 セリフは一切無し。

「それなのに、ひとめぼれって感じがよくわかるなぁ。宮原、あいつらにどんな練習させたんだよ?」

 惚れ々々とふたりを見ている学祭実行委員・五十嵐(だけじゃなく、その場にいた全員が呆けて意識を飛ばしてた)が、同じく満足そうなクラス代表に声をかける。五十嵐も彼がとんでもない策士だと信じて疑わない。

「別に。たいしたことはしてないよ」

 宮原は、亘と美鶴を引き離しただけだ。僅かの間。
 なのに、これほど効果をあげるとは。重なる笛の高低が、聞くものの心を震わせる。

「合わせて吹くのは初めてなのに。"本物の力"はすごいね」


 練習中、美鶴の笛にあまりにも情感が無くて、ため息を混じらせて宮原は言ったのだ。

『三谷のことを考えながら吹いてみろよ。俺はそういう笛が聞きたい』


 美鶴の手から亘に、内掛けが移る。




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「牛若の子、かっこいいね」
「鞍馬天狗もびっくりだわ」
「あの身のこなしって体操部か何かかな?」
「ミタニくんって言うんだって」
「やだ、かわいいー!」

 篠笛の二重奏が終わり、桃色の打ちかけがはらりと亘の上に舞い降りた。

 鮮やかに、空気が変わる。
 たった今まで騒いでいた女子高生のグループが、一斉に息を飲んだ。
 舞台を見守っていた小村も、一緒にいる芦川妹・アヤがほうっと口元をほころばせるのを見た。

「おにいちゃん…文句なしに美少年だよね」


 舞台上の、地響きのような大太鼓に呼応して、美鶴は扇子を手にくるりと一刺し舞った。ただそれだけで、観ている者すべてを魅了してしまう。
 亘ももちろん、本番の舞台の上だということを忘れて、一瞬放心していた。

 ざっ、ざっ、ざっ。
 我に返った亘が花道から舞台を振り返って、別の意味で呆然とした。美鶴も目を丸くする。

「な、なんで?練習のときと違うじゃん」

 30人弁慶。平家の侍より集めた刀は九百九拾九本、今宵お前で千本目。
 花道に押し寄せるのがなんだかコミカル。
 気圧されながらも、亘は練習通りに戦闘モードに移行。笛を短刀の如く構えて、最初の弁慶に向かって走った。ひとりやっつけ、ふたりやっつけ…しかしこれではなかなか終わらない。
 舞台上の喧嘩太鼓ももちろん見せ場になっているから、あんまり早く牛若と弁慶の勝負が終わっちゃうと困るんだよね〜的なことを視線で訴える、舞台上の大太鼓・宮原+ひょっとこお面付き。
 それでも10人ほどやっつけたところで、随分辛そうになってきた。(それはそれで萌え!と見物人のざわめきは途絶えない)
 花道の端で待たされてる美鶴の痺れが切れた。どうせ筋書きよりも、見栄え重視の舞台だ。
 扇子を開く。
『天誅』と書いてあった。

「暴れん坊将軍かよ!」

 観客がドッと沸いた。舞台上の宮原はニヤニヤしてる。仕組まれているとわかっていながら、美鶴も動かずにはいられなかった。
 扇子を投げると同時に亘が倒しきれない弁慶に向かって走る。
 亘の目の前にいる弁慶に天誅が当たって倒れた。「安心しろ、峰討ちだ」亘が驚いて振り返った。

「美鶴!?」
「面倒だから加勢してやる」
「うん!ありがとう!」

 ざわめきとどよめきと悲鳴と笑い声の止まらない、大混乱の寸劇になった。ばったばったと倒される弁慶たち、そのタイミングが丁度大太鼓の響きと重なり、笑劇ながらも引き締まったものになっている。
 最後の弁慶との対決は舞台の上、大柄のバスケ部員。亘は小村に教わったダンス技、バク宙や前宙で観客の目を楽しませる大立ち回りを演じて、最後はスーパートルネードキックが炸裂して勝利した。
 どーん、どーん、どーん。喧嘩太鼓もあと一打ちで終了。
 亘と美鶴、ふたりでぴいいい、と笛を鳴らす。澄んだ音色が校舎の隅々まで響いて、大太鼓一打。
 最後の響きが終わらないうちに、舞台は割れんばかりの拍手と歓声につつまれた。舞台下から、校舎の窓から、観客全員が笑顔で手を打っている。
 亘が大役終了でホッとしていると、クラス全員が亘の周り、舞台上に集まってきた。逃亡しようとしていた美鶴は、舞台袖で宮原と五十嵐に捕まって連れ戻されている。
 サンバホイッスルが鳴って、賑やかなイントロがスピーカーから流れてきた。
 観客の手拍子に合わせて始まるのは「マツケンサンバU」。

 いろんな意味で、伝説の舞台となった。






オマケへ続く。






近所の高校の和太鼓部演奏が好きで〜。
篠笛がすご〜く切なくて好きで〜。
要するに、太鼓演奏が見たかったんだ!(笑)

2006.09.22


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