星を読む人 2





●夏の夜空。


 亘と美鶴の1/5くらいの時間で宮原は一回り大きめの望遠鏡を組上げた。早速亘は興味津々だ。

「どう違うの」
「そっちが屈折望遠鏡、こっちは反射式。反射の方が倍率は上げやすいけど、屈折の方が像はきれいだよ」

 大きな筒をくるっと回して、南天に浮かんだ明るい星にファインダーを向け、アイピースのピントを合わせる。

「土星。見てみる?」
「見る!…すご、輪があるよ。ちっちゃいけど」
「芦川、そっちの屈折で入れてみなよ。簡単だから」

 クランプを緩めておおよその位置を決めクランプを締める。微動ネジを動かしてファインダーに土星が入るまでそう時間はかからない。アイピースを入れると、亘が反射で見たのと同じ土星が見える。

「おおーっ!美鶴すごい!初めてなのに」
「…難しくないだろ」
「じゃ、難易度上げてやろう。星図見ながらやってみて」

 最初は簡単な二重星、それから天の川に散らかる散開星団、球状星団を狙っていく。
 宮原も、厚めの星図本に赤いライトを当てながら、等級光度の低い星雲や銀河を次々探している。
 3人でしばらく夢中になって星を追った。
 やがて最初に飽きてきた亘が、星図をばらばら広げて目にした天体を指差して確認してる。

「宮原ぁ、M7とか、8とか、なんでMって呼ぶの」
「メシエカタログって言うんだ。メシエが彗星探すのに間違えそうな天体に番号振ったのが始まり。110番まであって、欠番が3つ」
「欠番?」
「本物の彗星だったのかもな」

 美鶴が望遠鏡を弄りながらぽつっと応える。聞いてない振りしてちゃんと聞いてる。

「彗星も、惑星も、他の恒星とは違う動きをするだろ。昔の人には吉凶の兆しを占う大事なものだった。占星術師は観測に基づく天文現象によってさまざまな事柄を判断してた。吉凶だけじゃなくて未来の不安も振り払う、大切な仕事だったんだ」
「前にもそうやって教えてもらったことがあるよ、宮原に」

 亘は幻界で星を観た懐かしさがこみ上げてくる。

「あれ?三谷に話すのは初めてだろ?オレ言ったことあったっけ?」
「あー、ごめん違ったかな。宮原じゃなかったかも」

 慌てて亘が適当に誤魔化すのを、宮原も適当に受け流した。

「こんな、星に未来を問うことが、ヴィジョンを創ってるんだね」

 美鶴にだけ聞こえるように呟く。

「ハルネラの星を、最初に教えてくれたのが宮原によく似た星読みの人だったよ。千年の孤独な不死を得る人柱、そんなのは辛いって」
「辛い…か」
「辛くなかったの?」
「孤独じゃなかった。手も、声も届かなくても」

 望遠鏡から離れて、美鶴は屋上の手すりから近く、遠く見える街並を指差す。次いで、空の星を。

「幻界は街明かりみたいに、現世は星の様に見えた」

 初めて聞く、大いなる光の境界、幻界のそらのうえにあるそこは、

「きれいだった?」
「望遠鏡があればもっと見えたのにな。でも宮原似の星読みには会いたくないな」
「なんでー?」

 憮然と問いながらも、なんとなく解かる気がした。
 亘のことを星みたいに見てた美鶴。
 宮原に似た星読みが未来を占おうと眺めていたのは美鶴がいる場所だった。
 届かない距離が、少し切ない。
 暗闇で、見えないだろうと思ってたのに、美鶴はちゃんと亘の表情を感覚で捉えている。

「辛くなかったよ。その星読みにも教えてやれればいいけど」

 言葉尻は、美鶴も幻界を懐かしむようで。夏の夜空にふわりと浮かんで飛んでいった。



●落ちてくるもの。


 突然だった。亘と美鶴が見上げた空の真ん中を、ころころ白い小石が転がった。

「す、ごい!今の流れ星!」
「ペルセ群じゃなかったね。散在か、みずがめ群もアリかな?」
「差がわかんないよ」
「見てれば解かるよ。夏は流星の多い時期だけど、ペルセ群は特徴あるから」

 宮原の腕時計が短くアラームを鳴らす。亘も時計を確認すると、もう11時だった。

「夜食食べる人!」
「はいっ!」

 亘につられて、美鶴も勢いで挙手してしまった。闇になれた宮原の目は照れる様子もしっかり見ている。面白い。

「じゃあ調達してこよう」

 部の顧問の所(巨大な筒、シュミットカセグレンがある)で宮原は楽しげに言葉を交わしてから白いビニール袋いっぱいに何かを貰ってきた。

「うわ、バケットサンド!?でかい、でかすぎ!」
「三谷が一番食べるだろ!?夕方顧問が作ったんだとさ。具は食堂のヤツだけど」
「じゃあ食堂のヤツじゃん」

 亘が騒いで、宮原が応えて、美鶴は聞いてるのか聞いてないのかの態度を崩さず、空を見上げながら香ばしいパンにそれぞれが食らいつく。
 そんな間にも時折、星が流れた。宮原の説明も必要ないくらい、最初に見た流星とペルセウス座流星群は違った。
 ペルセ群は刃物の切り傷のような痕跡を残すからだ。

「ごちそうさま・・・です」
「さすが、三谷、早いな。もっと食べる?」
「…あるの?」
「4階の地学準備室の冷蔵庫に食堂のおにぎりくすねてあるぞ」
「取ってくる。宮原もいる?」
「後で行く。芦川は?」
「いらない」
「じゃ、飲み物持ってくる」

 亘が階段へ走りかけるのを見て「危ないから気をつけて」と宮原が声をかけるそばからコンクリートの接合剤につまづいて転びかける。が、亘はバランスよく体制を整えて、軽く跳ねるように校舎へ消えて行く。

「宮原、何故、天体観測なんか誘うんだ」

 ため息混じりに美鶴が尋ねる。

「部屋で三谷と遊んでる方がいいって?」
「ばか」

 ばか呼ばわりを苦笑で流して、宮原は少し声のトーンを落とす。

「芦川があんまり三谷にベッタリだからさ。最近傾きすぎだ」

 主観と客観を絶妙の配合で混ぜて意見するのは、小学生の時から変わらない。

「一緒になって溺れてどうするんだ。芦川美鶴?」
「やなやつ」
「友達甲斐のないやつ。ちょっとは三谷に息を抜かせろ。お前もだ」

 美鶴は無言。反論が無いのが返答だ。

「…なんてな。一回くらいオレの趣味に付き合わせたかったんだ」
「亘は喜んでるな」
「お前はどうだよ?」
「別に。いいんじゃない」
「なんて気合の無い返事ができるんだよ、芦川」

 口調だけはがっかりしながら、それでも宮原は満足していた。なぜなら美鶴は夜空の星を観たから。僅かでも美鶴の気をそらすものがあればそれでよかった。

「掴み所が無い。流星みたいだなぁ」
「えー?美鶴は隕石だよ」

 急いで戻ってきたらしい、少し息を乱したままの亘が、美鶴と宮原の間に飛び込んだ。

「なんで、隕石?」
「第一印象!小5の時の。凄く珍しいものの象徴」

 美鶴は呆れたように息を吐く。今知らされる過去。

「じゃあ宮原の、美鶴の第一印象ってどんなのさ?」
「えー?女の子だったら口説くのにーって?」

 亘がショックで声を失った。今知らされる過去その2。

「ウソつけ。なんとも思ってなかっただろ」

 落ちてくる美鶴のため息に、ようやく亘の氷結が溶けた。
 宮原は美鶴の怒り混じりの視線を感じたが、深夜の高揚する気分がカラリと無視を決行した。






つづく。








夜食にはカップラーメンという手段もあります。
でもお湯の無いところでは食べられないという、ショッキングな事態もあります。

えー?望遠鏡?持ってないですよ。かさばるから。(笑)

2006.08.01


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