〜人魚姫異聞録〜その4 |
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その晩は、月の綺麗な夜だった。 荷物をまとめて。 服装をいつもの魔導士のもの。 マントは付けずに手に持った。 「斬妖剣(ブラスト・ソード)」は始めっからフィアナに渡してある。 あれはガウリイに持っていて欲しい。 ガウリイの為に探した剣だから。 あたしがガウリイに残せるただ一つのモノだから。 フィアナとの約束の日は明日。らしい。 わざわざフィアナはあたしの所までそんなことを言いに来た。 でも、そんな事どうでも良かった ガウリイがベッドから出られると聞いたから。 最初から決めていた、ガウリイが動けるようになったら消えると。 決めて、いた事だった。 だから・・・・・ だからこれは月があんまり綺麗だから。 月の光が目に染みるから。 泣いて泣いて泣いて――― 涙が尽きる事は無いと知ってまた泣いた。 髪を撫でるたくましい手も。 春の日差しのような暖かいまなざしも。 いつも守ってくれた大きな背中も。 名前を呼んでくれる優しい声も。 忘れようと思った――― 忘れないと生きていけなかった。 「・・ナ・・!」 誰かに呼ばれたような気がして飛び起きる。 だが周りは誰もいない。 誰も・・・ 身体を襲う喪失感。 恐れを知らないはずの身体にふるえが走る。 胸を裂く焦燥感。 心臓をもぎ取られたかのような痛み。 オレの脳裏にちらつく、赤い光。 あの赤い光がオレを責める。 いや・・・責めるのはオレの中の何か。 オレは剣を抱えて部屋を飛び出した。 さくり。 砂を踏む音。 びくりと振り返ればそこにいたのは・・・ ガウリイ!! 一瞬の驚愕を押し殺して平静を装う。 これで、最後の願いも叶った。 でも―――同時に気づいてしまった。 なぜ、あたしがガウリイに会いたくなかったのかを。 知らない人を見る目。 ガウリイからそんな風に見られるのが我慢が出来なかったから。 あの瞳で知らない人を見るように、あたしを見たら・・・ 急に笑いがこみ上げてきた。 しょせん、あたしと言う人間はそんなものだ。 ガウリイの為と言いながら、結局は自分の為。 ―――ずるくて ―――卑怯で ―――臆病だった この場で消えてしまいたかった・・・ この少女なのか? 本能が囁くままに砂浜へ行く。 そこには先客がいた。 大人の女と呼ぶには幼く。 少女と呼ぶほどには子供ではない。 身体つきに見合わぬ大人の表情で海を見ている。 オレの気配に驚いたのか振り向いて驚愕の表情。 一瞬絡む視線。 だが、少女はつと目を逸らすとまた海を見る。 どこか懐かしい栗色の髪。あの女と同じ筈なのに。 オレが探していたのはこの少女なのか? オレの胸は益々落ち着かない。 しかし・・・・・・ オレは困ってしまった。 いったいなんと言って声を掛ければいいんだ? 少女は相変わらず海を見て、こちらに注意も払わない。 不意に少女が笑った。 自嘲の笑み。 少女に似合わぬ・・・ 少女がゆっくりと立ち上がり、身体に付いた砂を払う。 こちらに向かって歩き出す。 どうする? 少し顔を伏せ、まっすぐに歩いてくる。 息が詰まる。 何も出来ないオレ。 立ちつくすオレを見ようともせず、少女が通りすぎる。 と、思った瞬間後から声がした。 「―――さよなら」 オレは弾かれたように少女の手を掴んでいた。 少女の赤い瞳には涙。 あの、赤。 頭で考えるより先に身体が動いていた。 少女を胸にしっかりと抱きしめる。 涙なんて見たくなかった。 後は自然と声が出た。 忘れることなど――― 無くすことなどできなかった、たった一つの名前。 「リナ」 「リナリナリナ・・・」 ガウリイがあたしを抱きしめ、掠れた声であたしの名前を繰り返す。 二度と呼ばれると思ってなかった名前。 「ガウリイ・・・」 涙が零れた。 あたしはうれしくても涙が尽きないと初めて知った。 その5に続く... |
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