〜人魚姫異聞録〜その3

日毎夜毎に訪れる夢がオレを苛む。
赤い輝き。
闇を貫くその光がオレの心をざわめかせる。
心の琴線に触れる。

だが、何かを掴もうとするとスルリと消える。

「・・・・・・・!!」

いつも声にならない声で飛び起きる。
何か叫んでいたような気がするが言葉にならない。
もどかしい。
しかも、それはだんだんと大きくなっていくのだ。
何を、忘れてると言うんだ。
何を、

自分の名前も
年も
自分自身も
何も分からない。

だが、それよりも何か大事なモノを忘れている気がする。

苛立ちだけが募る。
ろくに動かない体。
靄が掛かった頭。
ただ心の奥底に潜むものだけ叫ぶ。
ハヤク、ハヤク、ハヤク
と。

あの女が持ってきた剣。
オレの剣だと言っていた。
この剣を握ると何故か落ち着いた。








   フィアナはあたしが考え込んでいる間も何か言っていたらしい。
   ふと、我に返るとこちらを憮然とした表情で見ていた。
   賭だとか何だとかよく聞いてなかったけど、そんなのどうでもいい。
   ガウリイの様子が分かる所に居られればそれでいい。
   だから、フィアナの言葉に頷いた。

   パリッとした紺地の制服に身を包み、あたしはメイドとしてフィアナの屋敷にいた。
   あたしの受け持ちは台所。
   ちなみににガウリイとの接点は何もない
   あたしをここの持ち場にしたフィアナの考えがよく分かる。
   よっぽどガウリイと会わせたくないらしい。
   でもあたしはガウリイに会うつもりは無かった。
   一度でも見てしまえば・・・あの蒼い瞳を見てしまえば決心が鈍る。
   手放せなくなってしまう。

   それにここにいればガウリイの様子は手に取るようにわかった。
   口さがないすずめたち。
   この状況では逆にありがたい。
   それにしてもこのリナ=インバースが盗み聞きとは。
   まったくあたしも焼きが回ってモンだわ。

   今日も誰かが手に触ったとか何とか言っている。
   まったく、あのクラゲのことだから何の気無しに笑顔を振りまいてるんだろうけど。
   頭はああでも、見かけはああだし。
   騒ぐのはわかる・・・いや、止めよう。

   今のあたしに出来るのはおいしい料理を作ること。
   だからあたしは一心不乱にジャガイモの皮をむく。

   ガウリイは今日もベッドから起きあがれないらしい。

   ―――何もできない自分がもどかしかった。







「お加減はどうですか?」

また、あの女が来る。
用も無いのに、オレの周りをうろつく女。
こびを含んだ姿態。
絡みつく視線。
辟易する。

「さ、今日の昼食はカルマートから・・・」

くだらん。
女の言葉がオレの表面を滑り落ちる。
一応オレを助けてくれたんで付き合っているが、な。

この女も、必要以上に構ってくるメイド達も、どんな女もそうだ。
代わり映えのしない女達。
心を、身体を、金を、全てを押しつけて見返りを求める。


あいつ以外。
・・・あいつ?


オレは今何を。

頭が割れるように痛い。
「早くクスリを!」
女が慌ててそばにいた白衣の男に合図を送る。
「なにを・・・」
「大丈夫です。すぐに気分が良くなりますよ」
よってたかって身体を押さえつけられる。
オレは自分の身体に針がつきたつのを見つめていた。





その4に続く...


2000/9


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