Everyday 〜Act8〜 |
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与えられたのは最上階の一室と時間。 朝昼とルームサービスが届けられ、不自由はなかった。 あるとすればドアの外についた監視。 数人が常にドアについており、さすがに逃げようがない。 ゼロスなりの気遣いか、それとも何も出来はしないと高を括っているのか。 部屋の中まで監視はついていなかった。 あの男は今日一日顔を見せなかった。 でも、もう日も落ちる。 きっとあの男は現れる。 一目見たときから気に入らない男だった。 どこがと言うわけではない。強いて言うなら女のカン。 そして続いて感じた不信感。 笑顔の裏で何か画策している、と。 その時姉に連絡すれば話は簡単だったのかも知れない。 そうするにはリナは若すぎた。プライドは高すぎた。 そう、ゼロスがそこにつけ込めるほどに。 気がつけばお飾りの社長になっていた。 周りの者は人当たりのいい態度に騙されて、リナの言うことに耳も貸さない。 もしかしたら年齢も関係していたかも知れない。 孤軍奮闘を続け、やっと掴んだゼロスのしっぽ。 それはすぐゼロスに知られ、一人暮らしをしていた家にも手は伸びた。 ここまで来てもリナは姉を頼る気は無かった。 初めて姉に任された会社。 自分一人で守ってみせる。 そのプライド故にリナは身の回りの荷物を持って逃げ出した。 そして――― 「怒ってるだろうなぁ・・・」 騙したかった訳ではない。 しかし結果を見ればそう思われても仕方なかった。 「帰りたいな・・・」 無意識のうちに呟きが漏れる。 それがどこを指しているのか、リナにもわからなかった。 「・・・ですから、アレを返して頂いたらすぐに解放させてもらいますよ」 「ゼロス!」 物思いに耽っていたリナは突然の声に顔を上げた。 ノックも無しに入ってきた不躾な男を睨み付けるがその程度で張り付いた笑みはビクともしない。 「決心は付きましたか?」 白々しく確認をしてくる。 「答えは――― ノー!!」 ぱさりと肩に掛かった栗色の髪を払うリナに先ほどの憂いはない。 「最後の悪あがきですか」 「悪あがきはあんたでしょ。 約束の期日まで日にちは残ってないんでしょう? だからあんたはなりふり構わずあたしを捕まえようとした。 違う?」 イスに座り足を組んだままゼロスを見上げる。 今度はゼロスが話を変えた。 「命よりプライドを取られるんですか?」 「命の心配はしてないわ。あんた頭がいいもの。 殺人のリスクの方が大きすぎることぐらいわかってるはず。 カッとなるタイプでもないしね」 「では痛みはどうですか? 女性に乱暴するのは好きじゃないと言いましたが、その時にこうも言いましたよね。 あなたの態度次第でどうなるかわからない。と」 リナはゼロスの脅し文句にもちょっと顔を顰めるだけで答える。 「痛みはハッキリ言えば苦手だけどね、どんなことをされてもあたしは屈しないわよ。 それに力の限り抵抗させてもらう」 「なるほどプライドの方が大事なんですね」 蔑むように掛けられた言葉にリナはあっさりと頭を振った。 「それもちょっと違うんだけど。 珍しく反省してるのよ、あたし」 何が言いたいのかと訝(いぶか)るゼロスの前でリナはイスから立ち上がると窓から外を眺める。 そちらはここからは見えないがリナが預かる会社のある方向。 それを見ながらリナはしみじみと続ける。 「あたしってば社長失格よね。 『人の振りみて・・・』って言うのとはちょっと違うけど、人のこと言えないってわかったわ」 「それがわかっただけでも上出来ね」 「ねーちゃん!?」 突然割り込んできた第三者の声にリナが声を上げた。 さすがのゼロスも驚愕を隠せない。 ここに来るまでには少なくとも5人のボディーガードが居たはずだ。 しかし最初の衝撃からいち早く立ち直ると内心はどうであれ、ゼロスは笑ってルナを向かい入れた。 「これは、会長。 一体どうされたんですか?」 それには答えずルナは書類の束をゼロスに突きつけた。 「これは・・・」 ゼロスの顔が見る見る青くなる。 「ゼロス。あなたを本日付けを持って解雇します。 ―――残念だわ」 ルナ直々の最終通告にさすがのゼロスも為す術もない。 あっさりと笑って手を上げた。 「僕としたことが失敗してしまいましたね。 まさかあなたが出てくるとは思ってもみませんでしたよ」 「退職金ぐらいはだしてあげるわ。その代わり―――」 「僕だって引き際ぐらい心得てますよ。では」 手にした書類を投げ捨てるとゼロスはさっさと部屋を出て行く。 次いでルナもリナに一瞥することなく後に続く。 取り残された形になったリナは書類をかき集め廊下へ出たがすでに二人の姿は無かった。 慌ててエレベーターに飛び乗り、駐車場でやっとルナに追いついた。 「待って!」 姉の正面にリナは回り込んだ。 本来ならば合わす顔がない。が・・・ 「ねーちゃんゴメン。それから・・ありがと」 手にした書類にはゼロスとライバル会社の関係が記してあった。 そうおいそれと調べられるものではない。 「謝罪は要らないわ。リナ、あなたを解雇します。 少し反省しなさい」 「・・・はい」 そう言われても弁解のしようもない。 非情とも言える姉の言葉をリナは静かに受け止めた。 「それから礼は本人に直接言いなさい。 その書類を持って直談判に来たお節介な人にね」 「え?」 ルナが指し示した方向に長身の人影。 こちらに近づいてくる人物の足音が駐車場に反響する。 「ガウリイ!?」 リナは混乱に陥った。 話の流れからするとこの書類をルナの元へ持ち込んだのは・・・ でも、理由がわからない。 「どーして・・・」 自分を挟んで立つ二人を交互に仰ぎ見た。 「リナ、あなた彼の車を壊したんですって? 弁償するまで許さないそうよ。彼。 秘書でも何でもして自分でちゃんと弁償しなさい。 それまで家に帰ってくるのも禁止。 わかった?」 「ねーちゃん・・・」 見上げた姉が自分に向ける視線。 それは口とは裏腹なもの。 そして彼も・・・ いっそ優しいと言っていいほどの目を向けてくる青年に何を言ったらいいのかわからず立ちすくむ。 そんなリナの肩をルナは後から押した。 いや、突き飛ばした。 「うきゃっ」 バランスと失って倒れ込んだリナは初めて会った時のようにその腕に包まれていた。 「ガ・・ウリイ・・・」 「帰ろう。リナ。 みんな待ってる」 |
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2000/12-2001/1 ← 戻る 進む → ← トップ |