Everyday
〜Act7〜


先ほどまでの喧噪が嘘のように、客の居なくなった屋敷は不思議なほど静かだった。
ミリーナを家まで送ってきたルークはドアの開いた応接室に気がついた。
覗き込んだそこにはグラスを手にしたガウリイの姿があった。
まさかと言う思いとやはりと言う思いが交差する。
ルークの位置からは表情は見えない。
取りあえずドアをノックして注意を引いた。
「よう。こんな所で一人で酒を飲んでるなんてめずらしーじゃねーか」
「なんとなく・・・な」
雪が舞う庭を眺めたまま振り向こうともしない。
聞いた話は簡単だった。
あの娘のフルネーム。
それだけで事情は飲み込めた。
ゼルなどは迂闊だったと地団駄を踏んで悔しがったが、 ミリーナとアメリアは顔を見合わせて押し黙った。
戸惑いの方が大きいらしい。
ルークにとっても怒りよりも驚きの方が大きかった。
言われれば、あの年であの才識は出来過ぎの様な気はしたが、英才教育の賜と思えば不思議ではない。
しかしそれよりも目の前の男の反応の方が驚きだった。
この男がこんな風になるのを見たことがない。
やっぱりこれも振られたことになるのか?
ってゆーか、振られた所を見たことがねえよな。
今更ながら思い当たり、ルークは放っておけなくなった。
取りあえず側まで近づいていく。
「まだ、あいつのこと考えてたのか?」
「・・・」
こーいう雰囲気苦手なんだよな。
ボリボリと頭をかきながらルークは嘆息した。
「うーまあ、あれだ・・・
女なんか他にもいるだろ?
まさか本気だったって言う訳じゃないだろうし」
彼なりに慰めようとした結果は不自然なほどの沈黙だった。
「・・・・・・本気・・・とは?」
「だから、本気で好きだった訳じゃないだろって言ってんだよ。
まあ、気に入ってはいたみたいだけどな」
また沈黙。
おいおい、マジかよ。
あんなにあのガキを気にしてたくせに自覚0かぁ?
ルークの内心をよそにガウリイは考え込むように動かない。
「そ、それじゃあ質問を変えるぜ。
なんであのガキを秘書にしようと思ったんだ?
ほんとに面白そうって理由だけか?」
「わからん・・・」
「わからん??」
「何となく側から放したくなかったんでな」
「そ、それって・・・」
「なんだ?」
不思議そうに首を傾げるガウリイに、ルークが上擦った声を出した。
「ちょ、ちょっと確認させてくれよ。
今までに惚れた女ぐらい・・いたよ・な?」
最後が縋るような響きになってしまったのは仕方無いことだった。
「―――よくわからん」
時計の秒針が優に一回転はした頃、ぼそりとした呟きが漏れた。
「そんな事思ったこともないしな。
好きってどんな感じだ?」
おいおいおいおい・・・
ゼルぅ、こいつに何とか言ってやってくれよ。
ルークはもう一人の友に助けを求めた。
こいつマジだ。
どーしようもねぇ・・・
しかし居ない人間に助けを求めても仕方ない。
取りあえず頭を掻きむしってどう説明しようか考えた。
「あのな、好きってな、こードキドキしたりとか。
相手のことが気になったりとか。
後はだなぁ・・・」
幾ら説明してもガウリイにはピンとこないらしい。
なんで俺こんなやつの友達してるんだろ。
悩みながらも見捨てることは出来ず・・・
結果、益々深みにはまることになった。
「じゃあ、嫉妬はどうだ?」
「嫉妬?」
「そー、独占欲ってやつ」
これすらわからんって言われたら本気で友達やめようか。
半ば自棄になりながらルークが声を張り上げた。
「こいつを誰にも渡したくない。とか。
他の男と話してるのを見るだけでむかつく。とか。
そーいうやつ」
「・・・」
黙り込んでしまったガウリイに等々ルークが泣きついた。
「本気でないのかよぉ。
じゃ、じゃあな、具体的な例を挙げるぜ」
これすらなかったら、どうしよう・・・
「あの小娘が他の男とキス・・・」
いい知れない殺気が部屋を流れる。
「リナが?」
手で遊んでいたグラスを机に置く音がやけに響いた。
瞬きもせず自分を見つめる蒼い瞳。
適温に保たれたれているはずの部屋で背中に汗が流れおちる。
「例えだって・・・
た・と・え!」
ミリーナ、助けてくれ。
俺、取り返しのつかないことしちまったかもしれねぇ。
さっきの何倍も真剣に祈りを捧げたがついに助けは来なかった。
「ルーク」
「な、なんだ」
飛び上がって返事をした。
「―――悪いがゼルを呼んできてくれ」
「あ、ああ」
ギクシャクと頷き廊下へ出る。
ドアを閉めた途端、壁にもたれ掛かるようにして座り込んだ。
尋常じゃねぇ。あれは。
自分のことは棚に上げそう思う。
「ルーク?」
「わかってるって!」
扉越しに掛かった声にルークは慌てて立ち上げり走り出した。



あのガキもかわいそうに。
それが奇しくもゼルガディスが思ったことと同じとは露とも思わないルークだった。


2000/12-2001/1


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