Everyday 〜Act3〜 |
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ポーン・・・ 軽い電子音と振動がエレベーターが最上階に着いたことを告げた。 扉が開くとエレベーターを待っていたらしい銀髪の男が少しの驚きを浮かべてこちらを見る。 幾度か見たが名前を覚える気もない。 あの男の仲間――― エレーヌは軽く鼻を鳴らすとジロリとその男を睨み付けた。 「あ、お待ち下さい」 背後に銀髪の男の声を聞きならがエレーヌは案内も請わず社長室へと入っていく。 自分がここに来るのに誰憚る事があろうか。 部屋に入ると金髪の青年と栗色の髪の小柄な少女。 余りにもアンバランスな取り合わせに眉を顰めつつ、ソファーに腰をおろした。 自分が来たことは下からの連絡が来ているだろう。 大きな窓から外を眺めていたガウリイがイスを回し、目を細めた。 その顔に驚きはない。 「ガウリイさん。 今日こそはお話を聞いて貰いますわよ」 単刀直入にエレーヌは切り出した。 さっさと用件をすませてここを出たい。 エレーヌはガウリイを苦々しく見つめた。 見かけだけは完璧なこの男。この男が社長室に居ること自体許せない。 声を聞くのも、ましてや同じ空気を吸うことすら堪えられそうにない。 しかしながら用があるのだこの男に。 ―――忌々しいことに。 「一体なんの話ですか?」 男は重大な話でも聞くように相づちを打って来た。 この男の魂胆はわかっている。 のらくらと話をかわし、逃げる。 今も出て行こうとした少女を目線で止めた。 少女を信用しているわけでは無い。 そんなことは絶対あり得ない。 人を陥れるためにはどんなものも利用する。 そういう男だ。 彼は。 「あなたの結婚の話です。 いい加減に身を固めたらどうです。次から次へと女性を渡り歩いて。 噂はちゃんと聞いてますのよ。 本当にあなたはガブリエフ家の恥・・・」 キシ――― ガウリイが座っているイスが軋みを上げた。 その軋みがエレーヌを正気に戻した。 「あ、あら・・・」 「どうぞ、続きを・・・」 青年は身体を前に乗り出し、机に肘をつくとその長い指をゆっくりと組み合わす。 「ガブリエフ家の・・・何ですか・・」 エレーヌはバックからブランドもののハンカチを取り出すと汗を拭った。 彼を怒らすのは得策ではない。 「そ、それはいいんです。 問題はシルフィール嬢です。 あなたはシルフィール嬢のお誘いを断ったと言うじゃないですか。 シルフィール嬢のどこが不満なんです」 「確か・・・あなたの遠縁。 そうですね?」 「ええ・・・そうよ。 か、彼女の両親にも色々と頼まれてますから」 エレーヌは益々吹き出る汗を拭う。 ここは暑すぎる。 「どこが不満かとあなたは聞きましたね? 強いて言えば、あなたの遠縁なのが気に入らないのです」 ハッキリと言いきられてエレーヌの頭にまた血が上った。 言うに事欠いてこのわたくしに――― 「な、なんて失礼な! 大体あなたが座っているイスは本来―――」 「社長」 エレーヌが存在すら忘れるほど静かに立っていた少女が不意に口を挟んだ。 わざとらしく腕時計から目をあげる。 「もう、会議のお時間ですが・・・」 「あなたわたくしを誰だと思ってるんですの! わたくしはこの会社の・・・」 文句を言いかけた口が止まる。 燃えるような赤い瞳がエレーヌを見ていた。 こんな小娘に、このあたくしが――― 自分が気圧されたことが信じられず、顔を歪ませた。 「こ、この・・・」 「義母さん」 それは絶対的な強制力を伴っていた。 通常呼ばれることの無い呼び方がこの男の心情を表している。 エレーヌは逃げ場所のないソファーの上で身じろぎした。 ガウリイは表面上はにこやかにイスから立ち上がると、分厚い絨毯を踏みながらソファーの脇まで歩み寄った。 「何度も言うようですが、この会社は私のものです。 ―――少なくとも今はね」 低い押し殺した声にエレーヌの顔色が赤と青の間を行き来する。 ガウリイの言葉はエレーヌの頭を冷やすのには十分すぎる効果を持っていた。 その反面激しい憎しみと憤りを思い出させもした。 「リナ、この方はもうお帰りだ。 車を呼んで差し上げろ」 「かしこまりました」 「あ、あなた達・・・」 怒りに震える自分を無視して、小生意気な少女がドアの横の電話に手を伸ばし、車を正面玄関に回す様連絡する。 エレーヌは怒りも露わにソファーから立ち上がるとドアへと向かう。 そこではすでに少女がドアを開けて待っていた。 「覚えてなさい!!」 良識のある婦人とはとうてい思えないが、捨てゼリフをキッチリとするとエレーヌはドアの向こうへ姿を消した。 その際リナを睨み付けるのも忘れなかった。 物怖じもせず見つめ返してくる赤い瞳。 そう、この赤い瞳。 もしわたくしが思ったことが当たっていたら面白いことになる。 ガウリイへの怒りをリナへ、弱いものへすり替えていることなど気づきもせず、エレーヌは暗く笑った。 見ていなさい。 わたくしを怒らせた者は只ではすませない。 車が動き出すとすぐに電話を取り出した。 「もしもし、わたくしよ・・・ ―――あなたが探していた子を見つけたわ」 |
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2000/12-2001/1 ← 戻る 進む → ← トップ |