Everyday 〜Act2〜 |
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慣れてしまえばどんな驚くべき事でも、日常へと取って代わる。 程度の差こそ有れ、それは誰にとっても同じ事。 コンコン――― 静かに二度ノックする。 返事が返ってこないのを承知で10秒だけまってドアを開けた。 「失礼します」 部屋に入ると誰にも文句の付けようもないほど完璧な礼をしてリナは顔を上げた。 まず、目に飛び込んでくるのは大きな窓と、マホガニーの机。 そしてその机に腰掛けた人物のスラリとした足。 ブルネットの髪の向こうに金髪がチラチラと見える。 どこかでミシリと鈍い音がした。 見慣れたとはいえ、頭痛が軽減されるわけではなかった。 出かかったため息をグッと飲み込んでリナは出来るだけ事務的に事を進める。 「―――本日は11時からA社の常務がアポイントを取られています。 4時からは定例会議です。 経費予測の確認を3時までにお願いします。 後は売上の報告書が・・・」 リナは手にした電子手帳に目を落とすことなく、淀みなくスケジュールを読み上げていく。 その間にもミシミシという音は絶え間なく響く。 「社長―――」 返事は甘えたような笑い声。 リナはこのままここを飛び出したい衝動に駆られた。 そうすれば少なくともあの顔を二度と見ないですむだろう。 しかし、リナにも人には言えない事情がある上に、人に借りを作るのはイヤだった。 だからこそこうやって秘書の仕事をしているわけだが。 手に持った手帳であの金色の頭をなぐればどんなに幸せなことだろう。 引きつる顔を理性を総動員して宥め賺す。 自分を落ち着かせるためにコホンと一つ咳払い。 そう遠くない未来、自分の胃に穴が空くことを確信しながらもう一度声をかけた。 「・・・社長?」 「何だ」 少しくぐもってはいたが、今度は返事が有った。 「その方が敷かれているのは重要書類なのですが・・・」 バタン!! 激しい音と共に女性が一人飛び出してきた。 怒りの表情も露わに、受付を素通りしていく。 受付の人間は誰も止めようとはしない。 もうすでにこんな騒ぎが日常になりつつあった。 この一週間で3回目ともなれば騒ぎとも呼べない。 そしてこの後の事も――― 「失礼しました」 カッチリとした紺色のスーツに身を包んだリナが社長室から出てきた。 静かにドアを閉める。 次の瞬間――― 「やってられないわよ!!」 バン!! 先ほどに負けず劣らず激しい音が響く。 完全に壊れきった手帳を床に叩きつけてリナが叫んだ。 初日に小型のノート型パソコンを壊して以来、リナに支給されるものは電子手帳に変わっていた。 電子手帳を壊すのも、もうこれで10回目になる。 電子手帳が只の手帳に変わる日もそう遠い話ではないと思われた。 人間というものは結構順応力が高くできている。 自分の身の安全に関わることなら尚更に。 誰もがとばっちりを恐れリナと目を合わせようとしない。 ただ黙々と仕事をこなしていく。 一同が息を潜めて見守る中、肩で息をしているリナに近づく人物。 ―――やめなさい! 皆が心の中で叫ぶが、アメリアには届かない。 「あの・・・リナさん、その書類・・」 おずおずと話しかけた。 リナの手にあるのは先ほど女性が敷いていた書類。 それは見るも無惨な姿になっていた。 「うふふふ・・・聞きたい??聞きたいわよねぇ。 全部やり直しよ。全部。 誰かさんの所為でねぇぇぇ・・・」 地の底から響くような低い声。 アメリアに書類を押しつけると、そのまま首を締め上げた。 「わたしの所為じゃないですぅ・・・」 「まあ、落ち着け。リナ」 リナの叫び声を聞き駆けつけたゼルガディスは二人の間に割って入る。 そして今更ながらに運命の妙を感じていた。 本人がどれだけ否定しようと、リナはガウリイに打って付けの人物だった。 リナは一日で秘書室を完全に掌握した。 何をどうしたのか知りたい気もしないでもなかったが、アメリアは顔色を失い、ミリーナは黙して語らなかった。 与えられた仕事を効率よくこなし、その合間に他の者の仕事を手伝うなど、面倒見のいいところもあった。 頭がいいだけではなく機転も効く。 そして、これが重要。 ガウリイに微笑み掛けられても放心したりしない。 ニッコリ笑ったガウリイに『ちょっと待ってくれ』と言われた日には、秘書室だけではなくこの社の殆どの女性が役に立たなくなる。 重要書類を抱えて、一日中社長室の前で『ちょっと』待ってしまう。 だがこの微笑みもリナには通用しないらしい。 それがまた新鮮らしくガウリイの格好の的にもなっていた。 これで社内の女性によけいな被害も出ない。 一石二鳥どころか三鳥も四鳥にもなっていた。 リナの被害を考えなければ、だが。 一応それに類する人間も二人ばかり居るには居るが、ルークは泣いて嫌がり、ゼルガディスとしても・・・ 友情と愛情は別ものだった。 「皆で手分けしたらすぐに終わるから。な?」 ゼルガディスはリナを宥めに掛かった。 リナが聞いたら頭から湯気を出して怒りそうだが、この作業も最早日常であった。 |
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2000/12-2001/1 ← 戻る 進む → ← トップ |