Everyday
〜Act1〜


ゼルガディスは困惑を隠しきれなかった。
壁の大きな本棚には経済誌から小説までびっしりと本が詰まっている。
くつろげるソファー。
手元にはテーブル。その上には香り立つコーヒー。
ゆったりと本でも読んで一日の疲れを癒す。
そんな気持ちのいい時間は思わぬ珍客によって破られた。
一人はこの屋敷の持ち主であるガウリイ。
もう一人は同僚のルーク。
そして最後の一人。
どうみても16、7の見知らぬ少女。

ガウリイとは昔からのつき合いだ。
今も自分の雇い主として毎日のように顔を合わしていた。
故にある意味困った性格などもある程度把握しているつもりだった。
しかし―――
いきなり連れて来た少女を自分付きの秘書にすると言われても。
おまけに何やら事情が有るにせよ、ここに住まわせるなどとんでもなかった。
確かにここは部屋数だけはやたらと多い。
広大な敷地に立てられた立派な屋敷。
広い屋敷でありながらそこに住まう者は数年前から屋敷の主人であるガウリイと、ゼルガディスと今も横にいるルークのみ。
ゼルガディスとて好きでここに居るわけではない。
放っておくといつまで立っても会社に来ないガウリイを捕まえるべく、書類を抱えて日参するうちにこうなってしまったのだ。
そんなゼルガディスを見ていたルークは『一人暮らしはめんどくさい』と後を追うように転がり込んできてしまった。
屋敷の持ち主が否を唱えない限りゼルガディスが口を挟むつもりはない。
しかし物事には限度というものがあった。
男三人が暮らす中に一人の少女。
世間様が一体何というか・・・
大体この男は責任感が無さ過ぎる。

その時ばかりは幼なじみに戻ってゼルガディスはガウリイに詰め寄った。
「正気か?ガウリイ。
いくら何でも不味いだろ、それは」
「なんでだ?」
「なんでじゃないだろ!
ファミリーネームも言えない、事情も言えないの一点張り」
ガウリイの横に立つ少女が気まずげに横を向いた。
まさか、家出では。
疑ったゼルガディスは探りを入れたが、宥めても賺しても少女は頑として口を割らなかった。
辛うじて聞き出せたのはリナと言う名前と18才と言う年齢のみ。
とても18才には見えないのだがそれに目を瞑ったとしてもファミリーネームが言えないのはおかしい。
ところがガウリイにとってはファミリーネームなどどうでもいいらしい。
『いいじゃないかそれぐらい。ちょうど一人辞めて人手不足だろ?』
などとケロリとした顔で言ってのける。
誰の所為だ、誰の!
のどまで出かかった罵声を無理矢理飲み込んだ。

ガウリイの思惑がどうであれ、大会社の社長で年も若くハンサムで独身とくれば女達が放っておかない。
この会社の中のほぼ全ての女性社員に想われていると言ってもいい。
そこへ突然秘書として現れた少女。
それだけでも騒然となるのがわかっているのに、一緒に住んでいると知れれば、どれだけ騒ぎがエスカレートするか想像するのも恐ろしい。
大体秘書室の連中が黙ってはいないだろう。
今まで秘書室に上がってきた者はほとんどが一日で会社を辞めていった。
中で何が有ったか推して知るべし。
それでも辞めなかった強者だけが残っているわけだが・・・
ガウリイがその騒ぎを楽しんでいるのは明白だった。
そんな中にこんな少女を放り込むなど。

どの理由を取ったとしても、曲がりなりにも常識人を称するゼルガディスにとっては論外だった。

と、物見高く見物に来ていたルークが横から茶々を入れてきた。
「そうだぞ、どうせならもっとこう出るところが出た女にしろよ。
俺のミリーナみたいに♪」
「ルーク!」
ゼルガディスがルークを睨み付けた。
冗談を言っている場合ではない。
だがそれより早く少女の足が動いていた。
キッチリと自分の体重を乗せた足をルークの足の上に落とす。
「何する、このクソちび!!」
「うるさい。このデリカシーなし男!!!」
掴み合わんばかりの勢いで言い合いを始めてしまった二人を見て頭痛が酷くなる。

「本当に雇うつもりなのか?」
ゼルガディスは一縷の望みを掛けてガウリイに尋ねた。
「仕方ないだろ、こいつがオレの車を壊したんだし、弁償出来ないって言うし」
少女の頭を軽く叩きながらガウリイが言った。
がむしゃらにトップまで上り詰めたその後は少しは落ち着くと思っていた。
しかし、ますますひどくなる一方だ。

「いいじゃんか、ゼル」
今まで少女と言い合いをしていたはずのルークが思いがけないことを言い出した。
「お前まで」
「ゼルだってアメリアを秘書にしてるじゃねーか」
「あ、あれは偶々・・・」
痛いところをつかれてゼルガディスが怯む。
そんなゼルガディスだけに聞こえる声。
「なぁ、ゼル。あのガキが何日持つか賭けよーぜ」
キラキラと輝く瞳でそう言われてゼルガディスはガックリと脱力した。



かわいそうに。
それが正直な感想だった。


2000/12-2001/1


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