契約の花嫁8


「リナ喜んでくれるかな〜」
オレは通いなれた道を家へ向かって急いでいた。
この日のために取っておいた初給料で小さな花束とポケットにはプレゼント。
今日は結婚記念日なのだ。
去年のリナの誕生日は失敗したから今度こそはと意気込んでいた。
リナが喜んでくれたらそれだけでいい。
「リナ今帰るからな〜♪」
ドアノブに手を掛ければ鍵は開いていた。
もう、帰ってきてるんだ。
もしかしてご馳走作って待ってるとか。
「リナ〜?」
一目散に応接に向かえば待っていたのは冷たい瞳をしたリナ。
続くダイニングに食事を用意している雰囲気も無い。
「どうしたっ。具合でも悪いのか?」
心配になって手を伸ばしたがその手が拒絶される。
なっ・・・
「ガウリイ=ガブリエフ。
一年間ご苦労様。
契約は今日の午前11時をもって終了したわ。
残りの金は後で振り込ませるわ」
「な、に・・・言って・・・」
「演技はもう良いって言ってるのよ。ガウリイ」
リナは静かな声で淡々と告げる。
手に持っていた物が滑り落ちた。
まさか今までの事は演技だったって言うのか?
遠くから聞える声。
ここはどこだ?
「そうよ。ガウリイだっておじさんに言われたんでしょ?
あたしを大切にしないと融資しないって」
「言われたけれど、それは・・・」
「あたしも同じよ」
「じゃあリナは全部演技だったと言うんだな」
「そうよ」
「オレも演技してたと言うんだな」
「・・・そうよ」
「・・・」
「・・・今すぐ出て行けとは言わないけど出来るだけ早く出て行ってね」
オレは今更ながら肝心な言葉をリナから貰った事がないのに気が付いた。
リナの部屋にも入れて貰った事も無い。
オレを受け入れてくれた訳じゃ無いってことか・・・
「くそっ」
一週間といわず今すぐ出て行ってやるさ!
オレはわざとらしく花束を拾い上げ、目の前のゴミ箱へ放り込んだ。
身じろぎもしないリナの前を通り自室へと向かう。
手早く身の回りのものをカバンに詰めレインをバスケットに入れた。
哀しそうにレインが鳴く。
悪いな。暫く狭いが我慢してくれ。
玄関の扉に手を掛けて一度だけ振り返る。
始まりと同じ様に終わりも呆気ないものだった。

―――最後まで制止は掛からなかった。


     続く


2002/9


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