契約の花嫁9 |
|
夜だというのに鞄1つにレインの入ったバスケットを抱えたオレをゼルは黙って泊めてくれた。 翌朝もよけいな事は聞かずそっとしておいてくれる。 ・・・サンキューな、ゼル。 オレはレインに餌をやっているうちにウトウトしていたらしい。 寝るつもりは無かったのだが携帯のベルではっと目が覚めた。 誰だ? 「・・・はい・・・」 「ガウリイ、お前何処にいるんだ?!」 「・・・じーさん・・・」 出来れば暫く聞きたく無かった声だが・・・ 「・・・何か用か?」 「何か用か?じゃない。 今どこにいるんじゃ」 じーさんはオレから場所を聞き出すと1人でさっさと話を進める。 「ここからだと30分ぐらいで着くから表に出てこい。 良いな」 オレの返事も待たずに切られた電話に折り返し掛ける気力も無く、ゼルに断って表に出た。 かっきり30分で現れたじーさんに招かれ車に乗り込む。 適当に流すつもりなのか、公園の周りをぐるりと走らせてじーさんがこちらをちらりと見た。 「・・・リナが報告に来た。契約期間が終わったって」 ああ、リナから連絡が行ったのか。 当然か。何てったって大切な融資の相手だからな。 「お前あの子に何をした? リナが泣いていたぞ」 はっ、じーさんのお節介もここまで来たか。 リナが泣くはずがない。 オレに嘘を教えてどーするつもりだ? ああ、それとも又融資を受ける為の手か? むっつりと黙り込んだオレを又ちらりと見たじーさんは慌てて言い直した。 「いやまぁ実際にわしの目の前で泣いたわけじゃないがの。 本人は隠しとったがあんなに目元を腫らしていたらすぐ分かる」 「・・・」 「あの娘が泣くとは余程の事だ。 お前一体何をしたんだ?」 オレが悪いと決めつけるじーさんに又落ち着き掛かっていた怒りがこみ上げてきた。 「オレは何もしてない! リナが言ったんだ。全部演技だったって。 オレも演技だろうって。 オレは本気だったのに!」 悔しくて口惜しくてオレは叫んだ。 リナの態度が演技だった事じゃない。 いや、勿論それも有るけれど、それよりオレの気持ちを信じて貰えなかった事がくやしい。 あんなに何度も言ったのに。 「じーさんも悪いんだぜ。 リナにあんな事を言うから・・・」 それが無ければリナもオレの言う事を信じてくれただろうし、リナの演技でこんなに失意を感じる事も無かっただろう。 「ワシが何を言ったんじゃ?」 「とぼけるなよ、じーさん。 前にじーさんが言ったよな?リナを大切にしろって。 それをリナにも言ったんだろ?オレを大切にしろってさ」 「・・・そんな事をリナに言ってないぞ。 確かにお前は信用できんから言ったがの。 リナにそんな事を言う必要はあるまい?」 あるまい、って・・・じゃあリナの演技は誰の為だ? もしかして、とオレの胸に希望が灯った。 「あの、なぁ、ガウリイ・・・」 じーさんにしては歯切れ悪く口ごもる。 余程言いにくい事か? 「これは本人からも口止めされていたし、ワシとしても人に言いふらすつもりもなかったがこの際仕方がない。 じゃが本人にワシが言った事を言うなよ? これがばれたらワシゃあの子に殺されてしまうわい」 信号待ちを利用して真剣にこちらに念を押すじーさんに、オレも真面目に頷き返した。 ここまで来て聞かないなんて選択肢は無い。 じーさんは視線を正面に戻すとゆっくりと話し始めた。 「あの子が頭が良いのは知ってるな? おかげで周りの子ども達からは少々浮いていてな。 家ではあの子より強烈な姉や両親がいるからどうと言う事はなかったが、家から一歩出れば異質な存在として扱われてきた。 それをはねのけるように勉強してスキップを重ねて大学に行って、卒業という時になってやっとあの子を普通に扱う人間が出てきた」 「それって・・・もしかして男か?」 何となくリナの最初の風当たりの原因が見えてきた気がする。 ああ、でもそれよりも。 リナにそんな男が居たと思うだけで気分が悪い。 今の話じゃ無いのに。 じーさんは一つ頷き先を進める。 「男もそこそこ頭が良く共同で会社を設立する事になった。 会社は順調に成長した。 一年後男の使い込みが発覚するまではな」 「・・・」 「始めからそのつもりだったのか、それとも魔が差したのかは知らんがな。 あの子は傷ついた様子などみじんも見せずに、代わりに会社に迷惑を掛けた事を悔やんどったよ。 責任感の強い娘じゃからな。 そして、それからだよ。リナが人を、特に男を信用しなくなったのは。 ・・・あの子も苦しんでいるんだ」 分かってやってくれとじーさんは呟いた 最初にリナに会った時の態度、あれはその所為で・・・でも少しずつ変わっていった。 それが演技で無いのなら・・・ 「じーさん、オレをリナの所に・・・って」 始めは違う方向へ向かっていたはずの車が家の近くまで来ていた。 さすがだな。 だがマンションまで後少しなのだが渋滞に巻き込まれている。 ここの踏切はいつも混むんだよ。 オレはドアに手を掛けてじーさんを見た。 「行ってくる」 「ああ、行ってこい」 オレを見るじーさんは本当に孫を見るじーさんそのものでどこかむずがゆい感じがする。 「なぁじーさん」 「なんだ? 「おせっかいだな」 「ほっとけ。血筋じゃ」 「でもサンキュ」 色々な思いを込めて礼を言うと車から外に飛びだした。 ここからは距離は短いがマラソンだ。 道行く人が振り返るのも構わず家目指して走る。 部屋に近づくごとに心臓がドキドキと痛い。 別にマラソンの所為じゃ無いぞ。 家の前で気を落ち着けようとポケットを探ってかさりと乾いた音を確かめた。 大して上がってもいない息を整えて、返し忘れていた鍵を差し込む。 結婚2日目にぶっきらぼうながらあんたも要るでしょうと手渡してくれた鍵。 その時リナが耳まで赤くなっていたのは本人には秘密だ。 けど、嬉しかったんだ。 「リナ!」 ノックするのももどかしくドアを開け中に入った。 居間のソファーに座っていたリナはオレを見て驚いたように後退った。 「なっ・・・何よ・・・ 今日は日曜だから後金は明日振り込ませるわよ」 素っ気ない口調だが、確かに目元が腫れていると思う。 ゴミ箱にもゴミは残っているのにオレが捨てた花束は無い。 もしそれがオレの気のせいじゃ無いのなら。 一歩一歩リナに近づく。 期待と恐怖で心臓の音がうるさい。 リナも最初こんな感じだったんだろうか。 「リナ=インバースさん。 オレと契約してくれないか? 期間は一生。報酬はオレ自身」 「・・・それって・・・」 「結婚してくれリナ。 別にじーさんに言われて好きになったんじゃない。 オレはリナを・・・」 アイシテル オレは一度はゴミ箱へ捨てたもののどうしても捨てきれなくて拾った箱を差し出した。 働いた金を貯めて買ったマリッジリング。 昨日渡すはずだったリング。 「ガウリイ・・・」 「・・・返事は?」 「・・・出来ないわ」 「そうか・・・」 予想していなかったと言えば嘘になるがやはり堪える。 と言ってもこれで諦める気はさらさら無いが。 オレって割と執念深いタイプだったらしい。 苦笑を浮かべるオレを見て、リナが悪戯が成功した時のようなとびっきりの笑顔を浮かべた。 「だってあたしもう結婚してるんだもの」 リナが後ろ手に握っていた物を取り出した。 それは日付の入っていない・・・ 「リナ!」 リナの手で引き裂かれた薄い紙が祝福の紙吹雪のように舞う中、オレ達は誓いのキスをした。 END それにしても・・・ 濡れた髪をかきあげてキスを落としながら気になっていた事を尋ねる。 「オレってそんなに信用ないんだ」 勿論そんな事があったのなら多少は仕方がないとしても、その男―――考えるだけでむかつく―――と同じ扱いなのは少々気になる。 「えっだって・・・来る者拒まず去るもの追わず大学どころかその地区の4分の1は”知り合い”じゃ無いかって言う、女泣かせでその涙で池が出来るって噂のガウリイ=ガブリエフだし?」 「それ大学の頃の・・・じーさんだな。あのヤロウ・・・」 「違うわよ。 あたしの大学あんたと同じ所だもん。 噂も良く聞いたし、実際遠くから何回も見たことあるし」 「・・・」 「女の人一杯連れて歩いてたわよねぇ・・・あの紙破らず置いておけば良かったかしら」 「リナ〜〜〜〜〜」 「契約破棄は許さないからね、ガウリイ」 「・・・リナこそオレより条件が良いのが居ても乗り換えるなよ」 |
|
2002/9 ← 戻る ← トップ |