契約の花嫁5


パチン
オレが台所の電気を付けると冷蔵庫を覗き込んでいた人物が目を瞬かせた。
「・・・遅かったじゃないか」
自分でも声が刺々しいのが分かる。
確かに遅くなるとは聞いていたがこんなに遅くなるとは思ってなかった。
しかも・・・
「ガウリイじゃない〜〜」
冷蔵庫を開けミネラルウォーターを飲んでいたリナがふにゃりと笑う。
ガウリイだじゃない〜〜〜
「酒飲んでるな?」
ミネラルウォーターの瓶を持ってフラフラと居間へ向かうリナを見れば一目瞭然。
上気した頬、潤んだ瞳。そしてその足取り。
少しじゃない。
かなり飲んでるみたいだ。
こんなフラフラでどうやって帰ってきたんだろう。
オレはリナを追いかけて居間へ向かった。
「飲みすぎだぞ」
この酔っ払い娘が。
どうにも眉間に皺がよるのが止まらない。
「子どものクセに」
「・・・いいじゃない・・・誕生日だったんだから」
「え?」
一瞬酔っぱらいの戯言かも思ったが、そう言えば今日はやけにめかし込んで出かけてたよな。
会社の関係ならスーツを、それ以外の時は大体ラフな格好をリナは好む。
だが今日はそのどちらでもない。
珍しくワンピース姿だった。
「・・・誕生日だったのか?言ってくれたらオレだって・・・」
「・・・書いてあったでしょ。書類に」
書類?
あ、婚姻届か。
確かあれには誕生日が書いてあった筈だ。
「・・・すまん」
「良いわよ。別に期待してなかったし」
期待していないと言われて何故か胸が痛んだ。
行儀悪く居間のテーブルに腰かけたリナの表情は影になって見えない。
「本当にすまん」
「別に良いって」
そーゆー訳にもいかないだろ。
プレゼントは明日買うとして祝いの言葉ぐらい言わせてくれよ。
オレは床に膝を付いてリナと視線を合わせた。
「リナ、誕生日おめでとう」
額と頬に親愛の情を込めてキスを送る。
誓って言うがそのキスにやましい気持ちはこれっぽっちも無かった。
けれども至近距離で吐かれる熱い吐息、オレを見上げる潤んだ瞳。
ワンピースの襟ぐりから見える白いはずの肌が淡く染まって・・・
「んん・・・」
気が付けばリナにキスをしていた。
熱い体温を感じる口内を探って更に熱を引き出せば、リナの漏らす息に酔いが移ったように頭がクラクラする。
いつの間にか見開かれていた瞳は伏せられ、オレから離れようと胸に当てられていた手はオレの腕に縋っている。
震える睫毛、震える指先が愛おしい。
そう、愛しい。
1度自覚してしまうともう駄目だった。
最初は小生意気なだけの少女だったのに、いつからこんなにも・・・
「リナ・・・」
耳元で囁けばそれだけで身体を震わせるのが又可愛い。
ははは・・・オレって実はリナにメロメロ?
「リナ」
正面から呼びかければ伏せられていた瞳がオレをみた。
「リナ・・・好きだ・・・」

「やっ」
「リナ?」
オレを力一杯突き飛ばしたリナの表情が見る見るうちに強ばっていく。
そんなに嫌だったんだろうか。
でもさっきはそんな風には見えなかったんだが・・・
「どうしたんだ・・・」
「触らないでっ」
レインが毛を逆立てるように、全身でなされた拒絶に伸ばし掛けた手が止まる。
こちらを睨み付ける紅い瞳の残像をオレに焼き付けて、リナは自室へ駆け込んでいった。
閉ざされた扉は一晩中開く事は無かった。


翌朝、顔を会わせたリナは言葉少なく、オレが昨日の話をしようとすると必死で話題をそらす。
その様子にオレも諦めざるを得ない。
だからといってリナを諦めた訳じゃないが、時間はまだある。
沈みきった朝食を終えて出て行こうとしたリナを引き止めた。
「リナ」
「な、何?」
頼むからそんなにビクつくなよ。
「・・・オレ今晩からいなかへ行って来るから、明々後日まで戻らないから。
レインの世話を頼むな」
「ああ、そういえばそんな事言ってたわね」
心なしかほっとした表情に内心苛立ったが、表面には出さないようにした。
ま、気長にやるさ。


     続く


2002/9


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