Boundless future 4 |
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「リナ、どうした。具合でも悪いのか?」 「別に……」 手にした薪をたき火に放り込みながらリューリーが心配そうにあたしに聞いてくる。 辺りはすっかり闇の帳が下り、空には星が輝いている。 あたしは……あの商隊と別れてからずっと考えていた。 あたしの考えは間違っていたんだろうか? 「リナ?」 「平気だってば」 ――母親、か…… 「ねぇ?」 「ん?」 「リューリーのご両親ってどんな人?」 「うう〜ん、そうだなぁ……」 リューリーは照れているのか、ゴロリと地面に転がり空を見上げた。 「母さんは厳しいけど優しくて、強いけどただそれだけじゃなくて、弱さも知ってる人。 それからお人好しで照れ屋で……でも手も早いかな」 クスリと笑って、こちらを向いた。 「リナに似てる」 「……お父さんは?」 「……あんなやつ知らない」 今度はゴロリとそっぽを向く。 おひ。 「あいつは……母さんをなかしてばかりだし、母さんもあいつと居ると怒ってばかりだ。 大体あいつは母さんが一番大変な時、傍に居なかったんだぞ。 そんなやつ……」 「そんなこと言っちゃダメだよ。きっとお父さんにも事情があったんだよ」 「でも事実は事実だ。 あんな奴父親なんて認めない」 う〜ん、父親に点が辛いわ。 これ以上何て言ったらいいのか考えているとリューリーがあたしの手をぎゅっと握ってきた。 「覚えといて。 オレは好きな人を独りぼっちになんてさせないし、悲しませるような事は絶対にしない。 誓うよ」 「……」 これって傍から見ればヤバイのかもしれないけど…… あたしは全然危機感も嫌悪感も感じなくて、リューリーの真意をはかろうとその瞳を覗き込んだ。 ガウリイよりも少しくすんだ蒼がたき火の光を写して揺らめく。 澄んでいるのに底なし沼のように幾ら覗き込んでも奥が見えない。 それはガウリイの瞳によく似ていて…… しばらくの間あたし達は見つめ合っていた。 握られた手をどうしようか、迷っている間にリューリーはあっさりと手を離した。 「本当にリナに似てる。母さんは」 似てるわけ無いじゃない、あたしなんかと。 こんな最低の母親…… あたしは視線をリューリーから離し、立ち上がった。 「どこへ行くんだ?」 「水浴びよ、水浴び。 覗いたらドラスレだからね」 言い置いて、水辺へと歩き出した。 少し頭でも冷やそう。 一応、リューリーが付いてこないのを確認しながらざかざかと草を踏み分け、森の奥へと踏み込んでいく。 あたしの気持ちは揺らいでいた。 本当にこのままこの子から外の世界を奪って良いんだろうか? 竜族は力が安定するまでと言っていたけれど、とてもそれだけで外に出してくれるとは思えない。 ヘタをすれば一生結界の中で飼い殺し。 本当にそれで良いの? あたしは子供に失敗をさせないこと親の務めだと思ってた。 でも、あの母親はフォローするのが親の務めだと言った。 ――確かにあたしだって子供の頃は失敗をやらかしている。 その後始末は誰がしたの? 父さんや母さんじゃ無いの? あたしが売り物に翔封界で突っ込んだときも、そりゃぁ叱られたけど呪文を使うのを禁止されたりはしなかった。 だからこそ今、魔道士のあたしがいる。 あたしがしようとしてることは子供から可能性を取り上げる事じゃないの? 歩くペースが自然と落ちてくる。 どこへ行けばいい?どうすればいい? 答えのない問いがぐるぐると頭の中を回る。 制御できない力がどれだけ危険かあたしは知っている。 でも―― ガサガサと下生えを踏み分け、やっとの思いで辿り着いた湖の畔には先客が居た。 「こんばんは、リナさん」 「……ゼロス……」 そうだ、こっちの問題もあったんだ。 「突然消たりなさるから心配してたんですよ」 「お腹の子を、でしょ」 「分かっていらっしゃるんでしたら話は早い。だったら今のうちに僕と取引と行きませんか。 何、簡単なことですよ、あなたのお腹の子供を渡して下されば良いのですよ。 そうすればあなたは今まで通りに暮らせるんですから。 考える必要も無いでしょう?」 ゼロスはベラベラと喋りながらあたしから数メートルの距離まで近づくと、歩みを止めた。 細い瞳が見開かれる。 闇よりも尚暗い漆黒の瞳が暗闇で煌めいた。 あたしの心の闇を写し取る鏡。 「何も悩む必要も無いんですよ。あなたはただ頷けばいいんです」 甘い甘い誘惑。心の奥底に押し込めていたもの。 イヴを誘ったヘビはこんな声をしていたんだろうか。 魔族に渡すのは論外だけど、この子が居なければこんなに悩むこともない。問題も起こらない。 子育てに時間も労力も取られることもない―― ちらりとでも思わなかったと言えば嘘になる。 それでも―― 「この子に何をさせる気よ」 「リナさんを越える潜在能力に竜族の神託。 ――面白そうじゃないですか」 こんな奴らに絶対渡さない! ジリジリと後ろに下がりながら、自分の無力さに歯噛みする。 せめて魔法が使えたら…… 「リナさん、無駄なことはしないで下さい 僕だってあなたを必要以上に苦しめたりしたくないんですから」 「だから、一瞬で殺されろってゆーの!? まっぴらゴメンだわ!」 「リナさん……本当に聞き分けがないですねぇ……」 ゼロスは殊更大きくため息をつくと、こちらに向かって一歩踏み出す。 その手の中で杖がくるりと回され…… 「リナ、逃げて」 え? 突然後ろから吹き付ける風があたしの髪を吹き上げ、視界を隠す。 次いで何か固い物同士が当たるような鈍い音。 「……なるほど、この方がボディーガードですか。 どうも面白事になっている見たいですねぇ……」 「――お前にとっては面白くないと思うがな」 やっと風がおさまり、見えるようになった視界には、あたしを庇うように立つリューリーと、位置を後ろに下げたゼロス。 リューリーはあたしの方を向いて、ニヤリと笑った。 「もうオレが来たから大丈夫だぞ」 続く |
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