Boundless future 2

 おい。
 おい。
 何よガウリイ、うるさいわね。
 おい、大丈夫か!?
 お願いだから静かにしてよ。
 あたしはもう……なんだから放っておいて。
 おいってば。
 しつっこいわねぇ……
 あんまりしつこいと、ドラスレ喰らわすわよ。
 ってガウリイ?
 ぱちり。
 あたしが眼を開くと安堵したように蒼い瞳が緩んだ。
「よかった。気が付いたか。
 どこか痛い所はないか?気分は?水要るか?」
 あっけにとられるあたしを尻目に、矢継ぎ早に質問を飛ばした青年は甲斐甲斐しく世話を焼き、気が付けば、あたしは木陰で水の入ったコップを握らされて座っていた。
 その周りを青年が心配性のめん鳥のように忙しなく歩き回り『大丈夫か?』を繰り返す。
 コップの中身は気付けの代わりかお酒が少し垂らされていて、それがとても有り難かった。
 水を喉に流し込み、動揺を必死で押さえる。
 あたしを覗き込んできた青年の不審な表情が視界に入るが、構っていられない。
 ガウリイと同じ様な蒼い瞳に、ガウリイより少し短めの髪を束ねて前にたらしてある。
 材質のいまいち分からない胸甲冑(ブレスト・プレート)には目立たないが質の良さそうな宝玉が埋め込まれ、腰にはこれまた宝玉が光る長剣(ロング・ソード)
 ガウリイと同じ旅の傭兵。
 蒼い瞳も長い金髪も傭兵も、世間様にはゴロゴロと居るだろう。
 そしてその全てを兼ね備えている人も。
 でも……
 でもなんでこの青年はガウリイそっくりなの!?
 雰囲気も仕草も笑い方なんかもよく似ている。
「大丈夫か?顔が真っ青だけど」
「……大丈夫よ……」
 まだ心配そうに覗き込む青年を安心させるようにあたしは立ち上がった。
 この際、この青年の素性なんてどうでもいい。
「面倒を掛けちゃったみたいね。礼を言うわ。ありがとう。
 でも、もう大丈夫だから」
 青年が口を挟む前に捲し立て、その場を後にする。
 とにかくこの青年から離れないと……
 ざかざかと草を踏み分け街道へ出れば、そこは奇しくもガウリイと初めてあった場所。
 運命の皮肉に苦笑しながら、アトラス・シティへと歩き出した。
 どうしてここまで飛ばされたのか分からないが、取りあえず竜たちの峰(ドラゴンズ・ピーク)へ行こう。
 そうすれば何とかなるはず。
 だが、青年はあたしにまとわりつき、屈託無く話しかけてくる。
「なぁ、これからどこ行くんだ?」
「……」
 当てが無い、なんて言ったらこのガウリイに似てお節介な青年がどんな反応をするのかわからない。
 敢えて黙り通して、言外に迷惑だと思っていることを伝える。
 が。
「オレも目的のない旅でさ」
「興味があるんだ、あんたに」
「これからどーするんだ?」
 etc.etc.
 だぁぁぁ〜〜〜。
 どやかましい!!
 おにょれ、一応恩人だと思って下手に出てれば……
 いい加減嫌がっているって事を分かれ。
 呪文。呪文さえ使えれば。
 ぶちぶちと心の中で文句を言いながら、足を早める。
 本当にこの青年から離れないと……
 ストレスで胃袋が溶けてしまう。
 やがて見えてきたのは街道沿いの小さな宿場町。
 おっしゃあ!これでこいつとはおさらばだ。
 内心ガッツポーズを取りながらあたしは更に足を早めた。
 
 
「おばちゃ〜ん!スペシャルセット2つとレシスのジュースとグリーンサラダね〜」
「あ、オレも同じのを」
 ぷぴ。
 なんであんたがここに居る!?
 飲んでいた水を吹きだし、むせるあたしの背を青年がさする。
「大丈夫か?水ぐらい落ち着いて飲めよ」
 お前の所為だ。お前の!
 抗議はごほごほと言う声にしかならず、咳き込んでいる所為で文句も言えない間に、青年は当然のように向かいの席に陣取る。
 ああっ。もう限界。
「……なんであたしに付きまとうのよ」
 あたしは向かいに座る青年を睨み付けた。
 下心ありなら、ぶっ飛ばしてやる。
 敵意も露わなあたしに、青年は困り切った表情でポリポリと頬をかく。
「あのさ……警戒されるのも当然なんだけど……
 あんたがオレの前に現れた時さ、金色の光に包まれて……
 興味を持つなって言う方が無理だろ?
 それになんかさ、放っておけないんだ。気になって」
「……」
 やっぱり下心有りだ。
 実力行使に出るべきか、穏便に済ますか、少し悩んだ。
 いつもならば実力行使なのだが……
「差し障りのない範囲でいいから話聞かせてくれないか?
 聞かせてくれたらここの食事奢ってもいいぜ」
「あら、本当♪
 おばちゃーん、さっきの注文にチキンの照り焼き、それから羊の包み蒸しも追加ね〜〜」
「……本当に遠慮なく頼むなぁ……」
 あったり前じゃない、人のおごりほど美味しいものは無いし。
 それに、ぶっ飛ばすのはいつでも出来るしね。
「で、何が聞きたいわけ?」
 やっと運ばれ出した料理にナイフを入れながら、青年を促す。
「う〜〜ん、改めて言われると……
 そうだ、名前。まずは名前を教えてくれないか?
 オレはリューリー」
「……リナ、よ。
 リナ=インバース」
 嘘付いてやろうかと思ったけど……名前ぐらい良いか。
 これでビビってくれたら万々歳だし。
 だが青年……リューリーは気にした風もない。
「リナか、良い名前だな。オレが一番好きな名前だ」
「はぁ」
「それにインバースってのが良い!うん、サイコーだね!」
「はぁ……」
「それで、これからどうするつもりなんだ?
 どこかから飛ばされてきたんだろ?」
「そうね……そのうちお迎えが来るはずだから」
 向こうも今ごろあたしを探しているだろう。
 ただ、それがどちらが先にあたしの前に現れるかは分からないけどね。
「じゃあさ、オレがそれまで付いててやるよ」
「――へ?
 い、良いわよ。あんたに悪いし、それに……っ」
 ぐっ……
 鼻を突く油の匂いに口を押さえた。
 その横をウエイトレスが何かの皿を持って通り過ぎる。
 この匂いは海老フライかな。
 いつもなら食欲を誘うはずの匂いも今のあたしにとっては……
「すみません、水を!」
 ガタンとイスを蹴倒し、リューリーがテーブルを回り込んできた。
 そして心配そうにあたしを見つめるが……
「だい……じょうぶ」
 すぐに吐き気は治まり、目尻に溜まった涙を拭う。
 あー、苦しかった。
 リューリーの手から水を受け取り、一息ついた。
「ごめん、もう平気だから。
 えっと、何の話をしてたんだっけ?」
「……やっぱり心配でほうっとけ無いよなぁ」
 はぁ、とリューリーは席に戻りながらため息をつく。
「せめてリナを知ってる奴に会うまでは付き合うよ」
「ちょっとあたしは別に!」
「い〜から、い〜から。
 遠慮するなって。
 別に下心もお金を取る気も無いしさ。
 ただの護衛を手に入れたと思えばいいじゃん。
 大体、お腹大変だろ?」
「……知ってたの?」
「ん〜〜、何となく」
 ただは確かに魅力的だけど、本当に良いんだろうか?
 魔法が使えない今、リューリーの申し出は有り難い。
 有り難いが、あたしにちょっかいを掛けてくる魔族がいないとも限らないんだが……
「な?」
 ちょっと首を傾げたリューリーだったが、パンと手を叩いた。
「さ、そうと決まれば、早く食べて、早く寝ないと。
 明日も沢山歩くんだろ?」
「決まればって、あんた……」
「料理が冷めちゃったら勿体ないしな〜〜」
「いや、勿体ないじゃ無くて……」
 反論しかけたあたしはその笑顔の前で言葉を失った。
 ――あたしってば、本気でこの手の笑顔に弱いのかもしんない……
 
 
     続く


2002/9


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