Boundless future 1

 あれはどこだったのか――
 綺麗な湖の畔。
 近くには美しい花が咲く野原、緑の鮮やか木々。
 『田舎だね』と笑えるほどは田舎の小さな村で。
 あたし達は久々にのんびりとした時間を楽しんでいた。
 景色が綺麗だった事。
 空気が良かった事。
 食事が美味しかった事。
 上げていけば切りがないが、強いて言うなら村の雰囲気があたしもガウリイも気に入っていた。
 小さな村にありがちな閉鎖的な所は少しもなくて、大らかでのどか。
 多分人を傷つけるような事なんて、これっぽっちも考えたことの無いような人々。
 だからかも知れない。
 こんなにのんびりと過ごすのは初めてで、気が付くと一ヶ月以上その村に留まっていた。
 だから、だろう。
 彼が、急にそんな事を言いだしたのは。
「なぁリナ」
「ん〜〜」
 その時あたしは木陰でうたた寝をしていて、ガウリイは横でその瞳と同じくらい青い湖を見ていた。
「なぁ、リナ」
 もう一度あたしを呼んだガウリイは湖を見ながら笑って言った。
「こんな所に二人でずっと暮らせたらいーよな」
 その少年のような微笑みには一点の曇りもなくて、思わず目を逸らしたあたしは寝ぼけているフリで生返事を返した。
「――そーね……」
 それは多分こんな日が来るのを知っていたから。
 
 
「リナ=インバース。我々はお前をこのまま放って置くわけにはいかない」
「……そうでしょうね」
 あたしを囲んで立つ輪の中に見知った顔を見つけて冷静に思う。
 だからその輪が小さくなってもあたしは暴れたりしない。
 ただ、あたしを庇うように立ちはだかるガウリイに手が伸ばされたのを見て慌てて叫んだ。
「彼に何もしないで!用があるのはあたしでしょ!!」
「……分かっている。こちらの男には何もしない。
 約束しよう」
「……お願い……」
 久しぶりに見た黄金竜の長は一回り小さくなったように見えた。
 んなわきゃ無いけど。
 真顔で、しかし辛そうな目をした相手に笑い掛ける。
「お久しぶりね、ミルガズィアさん。
 お元気?」
「……人間の娘よ、我らが巫女から神託が下りた。
 『彼』は世界を揺り動かす者になる。
 だが、それがどちらに動くのかはまだ分からない。
 分からないが、言えることは一つだ。
 人間の娘よ。お前が世界のカギを握っているのだ」
 気付いていた。この身体に宿る並々ならぬ力に。
 そして想像をしていた最悪の事を裏付けるようなミルガズィアさんの言葉に、顔が強ばるのを止められない。
 砂と化し、風に消えた(ひと)
 彼を思い出して。
「それじゃあ……」
「いや、『彼』がそうかは分からん。
 私はかつてお前を疑った事があるが、しかしお前は2度も魔王の復活を阻止している。その様にな。
 だが、神託に偽りが無いのも事実だ」
「それでどうするつもり。
 ……あたしを殺す?」
「いや……それでは我々も魔族と変わらなくなってしまう。そんな事はしたくは無い。
 それに魔族もお前を狙ってくるだろう。
 ……もう魔法が使えなくなって来てるのではないのか?
 その状態で魔族を防ぐのは難しい。
 我々が人目に付かないところに結界を張ろう。我々の魔法陣が無ければ何人たりとも出入りできない結界。
 そこなら安全だ。
 食べ物も飲み物も必要なモノは全て届けよう。
 『彼』の力が安定するまで。
 『彼』の心が育つまで。
 その中で暮してはもらえないか?」
 疑問系になっているけど、これは事実上竜族の間で決定事項なのだろう。
 逆らおうにもミルガズィアさんの言うとおり、もう魔力は無いに等しい。
 明り(ライティング)なんかは使えるが問題外だ。
 例えこの場を切り抜けたとしても、本当に魔族が襲ってきたら?
 それに……竜族が本気になればあたしを無理矢理閉じ込める事ぐらい簡単だろう。
 その時はガウリイの身も危険に晒されるかもしれない。
 ……そして『彼』も。
 今もガウリイが竜族の人達に腕を取られながら、あたしの名を叫んで暴れているが例え人の姿をしていても相手は竜。
 幾らガウリイが藻掻いてもその腕は外れない。
 ガウリイの視線を感じながら目を伏せる。
 これを彼はどう思うだろうか?
「あたしは……」
「人間の娘……」
「ダメ!」
 ばちっ。
 言葉に詰まるあたしに向かってミルガズィアさんが歩を進めようとしたその時。
 あたしの制止は間に合わず。
 踏み出しそうとしたミルガズィアさんの足元で雷が跳ねた。
「……大丈夫だ」
 幾分ふらつきながらもミルガズィアさんはあたしを安心させるように首を振った。
 今のは相手が竜族のミルガズィアさんだったから無事だった。
 でもこれが普通の人間だったら――
 噴き出した汗が一瞬で冷え、背筋を寒気が駆け上がり、あたしは自分の身体を抱きしめた。
「ミルガズィアさん、あたしは……」
「いや……すまなかった。こちらも急ぎすぎたようだ」
 しかし、これであたしの心は完全に決まった。
「ミルガズィアさん、結界を張って下さい。
 でもその前に、ガウリイを他の所へ連れていって」
「……あの男には何も言わなくて良いのか?」
「……いいのよ……まさか何年掛かるか分からないのに、待たせるわけにもいかないでしょ。
 あたしが悪いんだし。
 ……いや、半分はガウリイの所為か」
 くすりと笑うあたしをミルガズィアさんが痛ましそうな目でみる。
「人間の娘、本当に良いのか。
 お前さえよければ一緒に……」
「止めて!ガウリイには何も言わないで!!
 あたしは……もう帰ってこないとガウリイに伝えて。
 理由は適当にでっち上げて頂戴。
 それを伝える役目ぐらい引き受けてくれるんでしょう?」
「……分かった」
 幾分皮肉を込めて言った言葉に重々しく頷いたミルガズィアさんの合図で、ガウリイが余所へと引きずられていく。
「リナ!」
 あたしの名前を呼ぶガウリイから顔を逸らす。
 最後なのに顔を見ることも出来ないなんて。
 ミルガズィアさんが天に向かって吠え声を上げると、その姿はたちまちの内に黄金竜の姿に変わっていく。
 それに合わせるように同じくドラゴンの姿に変わった者達の詠唱が絡む。
 人ならざる者達の唱える声が風に混じり金色の鎖を編み上げていく。
 ガウリイの髪みたいだ……
 最後に少しくらい触りたかったな……
 そんな埒も無い事を考えていたあたしの目の前で結界がぐにゃりと歪む。
「勝手にリナさんを隠されると困るんですよ」
 光の向こうに、聞きたくは無いが聞き慣れてしまった声。
「やめろ!ゼロス!」
「リナァ!」
 壊れた結界の隙間から最後に見えたのは、竜たちの拘束を無理矢理引き剥がしてきたのか、こちらに駆け寄ろうとするガウリイの姿。
 多分ゼロスが干渉した所為で呪文が暴走したのだろう。
 ものすごい力の奔流があたしを包んでいる結界を押しつぶして……
 どこからか舞い踊る金色の粒子があたしを飲み込んでいった……
 
 
     続く


2002/9


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