美女と野獣4


ガウリイは森の中を一人馬を進めていました。
道はアメリアに聞いていた為、迷うこともありません。
城はどんどん遠ざかっていきます。
リナの居る城が・・・
ガウリイは振り返りたい衝動を必死で押さえました。
一度振り返ってしまえば、そのまま進めなくなるかも知れません。
しかし、馬は乗り手の気持ちに正直でした。
城から離れるごとにスピードは落ち、今では並足と変わらない早さになっていました。
ガウリイには何故リナが突然あんなことを言いだしたのか、分かりませんでした。
意地っ張りで照れ屋な獣が、口とは裏腹に優しい心を隠しているのをガウリイは知っていました。
一緒に過ごした時間が彼にその事を教えてくれたのです。
だからこそ彼は不思議でたまりませんでした。
あれ程、人を傷つけるような発言はリナらしくありません。
何か理由があるはずなのです。
リナに掛けられた呪いとやらが原因の一端なのは間違いありません。
しかもその呪いは、自分になら解けるかも知れないのです。
等々、ガウリイは堪えきれず振り返ってしまいました。
緑の木々の間から灰色の塔の先端が突きだしていました。
―――あそこにリナがいる。
―――こっちを見ている。
何故かガウリイにはそれが分かりました。
もしかしたらそう思いたかったのかもしれません。
「・・・リナ・・・」
思わず名前が口からこぼれ落ちました。
自分と同じ寂しい目をした獣。
どうしても放っておけなかった。
最初はそれだけで。
でも、今は―――
ガウリイは馬首を巡らせると、馬に鞭を入れました。
馬は今までの足取りが嘘のように、軽快に走り始めました。
景色が後ろへと流れ、城がどんどんと近づいてきます。
城間でもう少しの所まで来たところで、ポツリと雨がガウリイの頬に当たりました。
先ほどまで、雲一つなく晴れ渡っていた空には暗雲が立ちこめます。
訝しげに上を見上げたガウリイは、空に浮かぶ一人の男を認めました。
その男は宙を滑るようにリナの塔に近づいていきます。
普通、翼か魔法でも使わない限り人間に空を飛ぶすべはありません。
魔法?
ガウリイはハッとしました。
リナに呪いを掛けたのは・・・
「リナ!」
暗い予感を胸に、ガウリイは雨の中をスピードを緩めることなく馬を走らせました。
雨はその激しさを増し、嵐へと変わっていました。


天雷が空を切り裂き、その下で対峙する二人を照らしました。
「あたしは・・・あなたを・・・」
魔法使いの紫の瞳が見開かれ、リナの唇が震えました。
「・・・愛します・・・」
息急きったガウリイが塔の最上階に現れたのは、まさにその瞬間でした。
ガウリイの立つ位置からは、リナの表情を窺うことは出来ませんでした。
ただ、男が満足そうに頷くのだけが見えました。
リナはこいつの事を―――
言い様のない痛みがガウリイの胸に走りました。
それは今までに味わった事のあるどんな痛みより、激しく苦しいものでした。
身動きすら出来ず立ち尽くすガウリイの目の前で、尚もリナは言葉を紡ぎます。
「口で言うのは簡単よね。
でも呪いを解く方法は『愛し、愛される』こと。
自分の心は偽れないわ。
あんたじゃあたしの呪いを解くことは出来ない・・・」
どこか悲しげに呟き首を振るリナに、魔法使いの顔が歪みました。
「・・・そうですか・・・
それはあの男の所為ですか・・・」
「え?」
リナは魔法使いの視線を追いました。
「ガ・・ウリイ?どーして・・・」
戸惑うリナの手を掴みガウリイは魔法使いから庇うように、自分の方へと引き寄せました。
「そんなもの、リナが心配だったからに決まってるだろ!
今更、人間だとか化け物だとか言うなよ。
リナはリナだろ。
リナだから・・・リナが心配なんだ」
「ガウリイ・・・」
「お取り込み中、すみませんがねぇ・・・
それぐらいにして貰えませんか?」
その時不粋な声が二人の間に割り込みました。
紫の瞳を開いた魔法使いは、ガウリイに向かって杖を突きつけました。
「なるほど、あなたがいる所為でリナさんは僕を受け入れてくれないんですね。
では、あなたには死んで貰う事にしましょうか」
「ゼロス、止めて!
ガウリイは関係ないわ!」
「リナ、下がってろ!!」
「ガウリイ!」
ガウリイは自分と魔法使いの間に入ろうとするリナを、後ろに押しやりました。
殺気は本物。
そして杖に宿った力も並々ならぬものを感じます。
ガウリイは油断無く剣を構えると床を蹴りました。
「ほう・・・人間にしてはなかなかやりますねぇ・・・」
「抜かせッ!」
実際ガウリイの動きは素晴らしいものでした。
魔法使いの放つ光の球を避けながら、相手の隙を窺い斬りつけます。
リナの目を―――獣の目をもってしてもその動きを追うのは、容易ではありませんでした。
しかし―――
「どうしました?もう終わりですか。
では、こちらから行きますよ」
「くっ・・・」
ガウリイは魔法使いの攻撃を床を転がるようにして辛うじて避けました。
少しずつつけられた小さな傷が、ガウリイの動きを精彩の欠いたものに変えていきます。
そうして、段々とガウリイは追いつめられていきました。
人と魔法使い。
その力の差は歴然としていました。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか。
僕とリナさんの愛のために死んで下さい」
あくまでも笑顔を崩さないまま、魔法使いがガウリイに次々と魔法を繰り出します。
その様子をリナは手を出せずに見つめていました。
ゼロスを倒してしまえば、呪いは解けなくなってしまうだろう。
でも―――
振り返ったリナの視線の先には魔法のバラが。
いやもうバラと呼ぶことも出来ないほどに散ってしまい、もう花びらは一枚を残すのみ。
ゼロスを愛すれば呪いは解ける。
元の姿に戻れる・・・
リナの目の前でガウリイの肩口から鮮血が飛び散りました。
「ほらほら、油断は禁物ですよ?」
あたしは・・・
―――リナはリナだろ―――
突然起こった茶色の疾風が、魔法使いに襲いかかりました。
「リナさん!?」
リナは空中で器用に身体を捻るとガウリイの横に降り立ちました。
「どんな姿でもあたしはあたしだわ!」
ゼロスの驚きの表情を見ながら、リナはキッパリと言い切りました。
紅い瞳にはもう迷いはありません。
「・・・そうですか。そこまで、その男がいいのですか・・・
なら二人一緒に死んで下さい」
ゼロスの杖に今までとは比べられないほどの魔法が集まっていきます。
この塔を崩壊させかねないほどの力。
それがたった二人に放たれようとしていました。
「さようなら、リナさん。
愛してましたよ」

――動いたのは、二人同時でした。





その5に続く...


2001年?


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