美女と野獣3



「あ、ガウリイさーん!」
ちょうど食堂の前を通りかかったガウリイをアメリアが呼び止めました。
「もうすぐお茶の時間ですよ。
今日のケーキは力作なんで、楽しみにしといて下さいね。
紅茶も取っておきを出しましょう!」
ガウリイは嬉しそうに二人分の用意をするアメリアを、見るとはなしに眺めていましたが、余りの浮かれぶりに口元をほころばせました。
「・・・最近ご機嫌だな。何か良いことでもあったのか?」
「勿論です!
もしかしたら呪いが解けるかも知れないんですよ。
これを良いと言わずして、何を良いと言うのです!」
「呪い?」
アメリアのはしゃぎぶりとは反対に、ガウリイは不吉な言葉に顔を顰めました。
「そうです!!
ガウリイさんならきっとリナ様に掛けられた魔法使いの呪いを解くことが出来ます!
リナ様も私達も本当は・・・」

「アメリア!!!」

城中を震わせるような吼え声が響きました。
一体どこから聞いていたのか、食堂の入り口にはリナが紅い瞳に怒りを湛えてアメリアを睨み付けていました。
「余計な事は言わないで」
「だってリナ様。もしかしてガウリイさんなら・・・」
「黙れ、と言ってるのよ。あたしは」
「・・・はい・・・」
リナの言葉に項垂れるアメリアとは違い、ガウリイはそれでは納得出来ませんでした。
敢えて怒れる獣へと足を踏み出しました。
「ちょっと待てよリナ。
よくわからないけど、オレがリナ達の呪いを解けるかもしれないんだろ?
だったら、ちゃんと話を聞かせてくれよ」
「・・・あんたには関係ないわ」
短くそれだけを告げ、食堂から出ていこうとするリナの肩をガウリイは掴みました。
「おい!待てよリナ!」
「触らないで!」
リナがその手を乱暴に振り払った拍子に爪が掠り、小さな血の珠が次々に生まれ、それはやがて雫となって床に落ちていきました。
「リナ・・・」
「大体あんたは図々しいのよ。
こっちが何も言えないのを良いことに、ここに居座って。
もう怪我は治ってるんじゃないの?
だったら、さっさと出ていってちょうだい」
「・・・本気で言ってるのか?」
低く押し殺した声にリナは軽く肩をすくめて見せました。
「勿論、本気よ。
あたしは化け物。あんたは人間。
いつまでも一緒に居られるわけないでしょ」
「そんな事関係ないだろ!
どんな姿でもリナはリナだ!」
「―――アメリア、お客様はお帰りになられるそうよ。
城の出口まで送ってあげてちょうだい」
リナはガウリイに答えようとはせず、背を向けました。
「リナっ!!」
「あ、そうそう。
この城に二度と近づかないでちょうだい。
今度は命の保証は出来ないわよ。
・・・バイバイ、ガウリイ・・・」
そのまま最後まで振り返ることなく、リナは食堂からその姿を消しました。


城の中で一番高い塔の上。
バルコニーで遙か遠くを見つめるリナに、ゼルガディスは遠慮がちに声を掛けました。
「・・・本当に良かったんですか?」
「何が、よ・・・」
「彼を行かしてしまって、です」
ガウリイの姿はもう城のどこにもありません。
食堂を出てまっすぐにこの部屋に来たリナは、扉の外の声に耳を傾けることもなく、ただ魔法のバラを見つめ続けていました。
リナがやっとバルコニーに出たのは、ガウリイが旅立ってからかなり時が経った後でした。
もう、見えるはずのない後ろ姿を探すように、リナは静かに佇んでいました。
「彼なら呪いを解くことが出来るかも知れないんですよ?」
「・・・あんた達には悪いけどね。
同情なんてまっぴらだし、ゼルもアメリアも大事なことを一つ忘れてるわ。
万が一・・・そんな事はあり得ないけど、万が一にでも呪いが解けるとして、あいつがそれを許すと思う?」
「あ・・・」
「そーゆーこと・・・」
絶句するゼルガディスをバルコニーに残し、リナは部屋へと続く窓を開けました。
「それにもう何かも遅すぎる・・・」
テーブルの上では、あれほど咲き誇っていた魔法のバラが静かに散り始めていました。
「お願いだから一人にしてくれる?」
「・・・わかりました・・・」
ゼルガディスが出ていった後も、リナは魔法のバラを前にして動こうとはしませんでした。
そしてまた一枚、リナの見守る中、バラが散っていきます。
「この花が全て散ってしまえば呪いは解けなくなる。
そして呪いを解く為には・・・」
「『愛し、愛される』こと」
「!!」
突然空は暗くなり、雨雲が立ちこめ、雷までもが鳴り始めました。
バルコニーへ飛び出したリナは、強い風と雨から顔を庇いながら空を振り仰ぎました。
そこには思った通りの男の姿がありました。
「ゼロス!!」
「お久しぶりですリナさん、ご機嫌いかがですか?」
「機嫌?良い訳無いでしょ。
さっさとこの呪いを解きなさいよ!」
「ですから呪いを解く方法はたった一つ」
黒髪の魔法使いは殺気を放つリナを平然と見返して、バルコニーに降り立ちました。
「『愛し、愛される』こと。
ねぇ、リナさん。
僕はあなたに最後のチャンスを差し上げようと思って来たんですよ。
僕の他に獣の姿のあなたなど愛するものはいないでしょう?」
「あんたがそうさせたクセに・・・」
押し殺したリナの声を聞きながら、ゼロスはにこやかに笑ってその手を差し出しました。
「どうしますか、リナさん・・・もう、バラも散りますよ。
あなたが僕のことを愛して下されば呪いは解けるんですよ」
「あたしは・・・」
リナは瞳を閉じました。
脳裏に浮かぶのはたった一人。
もし自分が元の姿だったら、『愛する』ことも『愛される』ことも出来たのだろうか・・・
でも、それももう叶わぬ事。
「あなたを・・・愛します・・・」


花びらがまた一枚散っていきました。





その4に続く...


2001年?


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