美女と野獣2


こうして旅人が城の客になってから二、三日が過ぎた頃。
「なぁ、アメリア・・・」
「なんですか?ガウリイさん!」
ティーポットのアメリアが旅人のカップにお茶を注ぎながら、元気一杯に答えます。
旅人は食堂で食事をしている真っ最中。
元々脳天気なのか、それとも順応力が高いのか。
最初こそ驚いた旅人でしたが、いつの間にか喋るティーポットにお茶を注がれ、どこか斜に構えた燭台に給仕してもらっても驚きもしなくなっていました。
それどころか旅人は進んで二人に話し掛けます。
「あいつ・・・どうしてるんだ?」
旅人がこの城に来て以来、獣が彼の前に姿を現した事は一度もありません。
食堂では常に一人分の食事が用意されました。
食事の時もお茶の時間も、それ以外の時も。
彼にはゼルガディスやアメリアが常に付きそい話し相手になってくれました。
ではあの獣は?
ゼルガディスの炎が急に小さくなり、アメリアでさえも動きを止めました。
互いの顔を見合わせ、ゼルガディスが頷くとやっとアメリアが口を開きました。
「・・・今の時間なら、多分書庫だと思います」
「ふーん、で、書庫ってどこにあるんだ?」


書庫は中庭に面した一画にありました。
壁一面にある本棚は首を真上にあげないといけないほどの高さで迫り、彼にとっては気の遠くなりそうな程の本の数々。
こんなところで一体何を?
その答えを彼は程なくして手に入れました。
テラスのように突き出た中二階の踊り場で、獣はイスに座り本を読んでいました。
窓から差し込む光に栗色の毛並みを光らせながら、あれほど彼を睨んでいた瞳は静かに文字を追っていました。
もっとよく見ようとガウリイが足を踏み出したとき、獣が人の気配に顔を上げました。
たちまちの内に穏やかだった瞳には苛立ちが混じり、口元には牙が覗きます。
「何の用?」
「そんなに露骨にイヤそうな顔するなよ」
獣の喉から唸り声が響き、そのヒゲを振るわせるのを見て旅人は苦笑しました。
どう考えても力関係では獣の方が上だというのに、その様子はまるで子猫が毛を逆立てて威嚇する様を思い出させました。
強い力を持っているはずなのに何かに怯えている。
旅人には獣がそんな風に見えたのです。
「お前さんには世話になってるからさ、礼ぐらいは言おうと思って・・・」
「・・・礼なんかいらないわ・・・」
ぶっきらぼうに返される言葉。
しかし、視線を逸らすその仕草が何よりも雄弁に獣の性格を物語っていました。
「お前さんさぁ・・・お前って呼ぶのは不便だな。
そうだ、名前。名前を教えてくれないか?
オレはガウリイ。ガウリイ=ガブリエフだ」
「あたしはリ・・・いや、あんたの好きなように呼んだらいいわ。
化け物でもなんでもね」
これで話しは終わりだというように向けられた背。
その背は声を掛けられることすら拒絶していました。
しかし―――
「ふーん、何でもいいのか?
じゃあ、り、何とかだからな・・・
リアンナ。
リイン、リウル、リェンカ、リオン・・・」
「・・・」
「・・・リラ、リリィ、リルケ、リレル、リロー、リワノワ・・・
・・・・・・・・・リンチ??」
「だぁぁぁ!!
それのどこが人の名前なのよっ!!!」
「ちょっと待てっ。好きな様に呼んだら良いって・・・!?」


「ってー、あいつ本気で殴りやがって。
好きに呼んだら良いって言ったのはあいつの方なのに」
「はいはい」
ガウリイの頭に出来たコブを冷やすための水を容器に入れながら、アメリアはクスクスと笑いを漏らしました。
勿論リナが本気なら、ガウリイの頭は今ごろ膾の様に切り刻まれているでしょう。
しかし、ガウリイはコブは出来ているものの、ピンピンしています。
彼にしたところでそうです。
本気で怒ったいるのならば、この城から出ていけばいいのです。
幽閉されているわけではないのですから。
それなのに、出ていこうとしないのは明らかに彼の意志でした。
「さてと。」
「どうしました。ガウリイさん?」
「行ってくるか」
頭のコブと引き替えに獣の名前を手に入れた男は、イスから立ち上がり邪気の無い笑みを浮かべました。


リナはさやぐ風が気持ちのいい木陰の下で寝そべっていました。
自分に落ちる木洩れ陽が風に合わせてチラチラと揺れています。
「・・・何の用?」
そちらを見なくとも人間にあり得ない、耳が鼻が自分に近づく者の存在を告げていました。
ゆっくりと身体を起こして視線を向ければ、やはり彼がそこに立っていました。
化け物の自分に近づく奇特な人物。
さっきあれ程痛い目に合わせたのにまた来るとは。
ただの好奇心か、それとも憐れみか。
どちらにしてもリナにとっては不本意な話でした。
獣の顔で出来る限りの不機嫌を表しましたが、彼は一向に気にしていないようでした。
「よぉ」
軽く手を上げると尚もリナに近づいてきます。
リナの爪も牙も彼の事など容易く引き裂けると言うのに・・・
不機嫌にしっぽを振るリナにガウリイは困ったように笑いました。
「そんなに怯えなくても何もしないって」
「誰も怯えてなんかいないわ」
「そりゃあ良かった。
さっきは言えなかったんだけど、お前さん一人で飯を食べてるんだろ?
どうせなら一緒に食おうぜ。オレも一人じゃ味気ないからさ」
「・・・あの二人がいるでしょ?」
「だってあいつら客のオレとは一緒に食えねーって言うし。
大体客をもてなすのは主人の仕事だろ?」
「・・・あんたは客じゃ無いでしょ」
リナは冷たく言い放って、目の前の男を睨み付けました。
そう、こいつは客でもなんでもない、ただの旅人。
そして、すぐに居なくなる。
男を残しその場から立ち去ろうとしたリナの耳にうめき声が聞こえました。
「うっ・・・」
「ちょっと!?」
左腕を押さえるガウリイに、リナが慌てて駆け寄りました。
「傷が痛むの?」
「ああ・・・すごく痛い・・・」
俯いた男の表情はリナからは見えません。
「―――でも誰かと食事でもしたら、痛みも忘れられるかもな〜〜〜
それから楽しい会話も一緒だと尚いいな」
「なっ・・・」
「本当に痛いなぁ〜♪」
「〜〜〜っっっ!分かったわよ、晩餐に招待したらいいんでしょう!!」

―――こうして、少しずつ―――

「ちょっと、それあたしが今取ろうと・・・」
「早いもの勝ちだ」
「じゃあ、これはいただき!」
「あ、オレは客だぞ!」
「食事に客もへったくれもあるわけないでしょう!」

―――少しずつ―――

「アメリア、書庫にお茶を持ってきて。
・・・二人分ね・・・」
「はいっ」

―――二人は―――

「あんた、いっつも黙って座ってて退屈じゃないの?
庭でも散歩してきたら?」
「うーん、でもリナを見てたら飽きないからさ」

―――うち解けていきました―――






その3に続く...


2001年?


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