力学解析余話 (前ページへ) (to english mainpage)
1.転がり摩擦力の5:2への配分
玉が転がるとき、併進速度を減少させる摩擦力と回転角速度を減少させる摩擦力について、同じ摩擦力を用いて解くとエネルギー収支の辻褄があわなくなってくる。
しかし、併進エネルギーと回転エネルギーの比である5:2の配分にした摩擦力で運動方程式を解くと全てが合致する。別記のように運動方程式そのものからもその比は出てくる。
何でもそうだが正しい結果を見せられれば当然のことと思ってしまうが、こんな基本的なことがそれほど古い議論ではなかったようだ。少し興味があるがどんなことかと思われる方や勉強中の学生さんのために別ページに算式を並べた。
(算式-1のページへ)
2.すべり摩擦力は配分しない
すべり摩擦力はころがりのように配分しない。その運動方程式において併進に対しても回転に対しても同じ全摩擦力を用いる。これが言い切れる理由はこうしないとエネルギー収支が合わなくなるからである。この算式も別記した。
この算出の中ですべり摩擦による仕事量に関して重要なことがある。摩擦による仕事量は摩擦力とすべり距離の積で表される。本体が回転しながら滑っているときはそれを徹底しなければエネルギー収支が全く合わなくなる。つまりすべり中の転がり距離が順回転のときは負、逆回転では正として見かけのすべり距離に加算する。これによりエネルギー収支はピタリと一致する。
よくよく考えれば当然のことと言えるが確認できるまではそうではなかった。このことは2009年までに知られていたことなのかどうか知りたいとは思っている。
(算式−2のページへ)
3.台上を走る手玉位置の計算サイクルは0.0001秒以下が必要
玉を最も強く撞いたとしてもその速度は5m/s程度であり、0.0001秒間では0.5mm進む。手玉が的玉に衝突したあと進む方向は両方の玉の中心を結ぶ直線に直角な方向である。手玉の進む距離に対してその方向が最も敏感なのは手玉が的玉の端に当たったときである。このときに0.0001秒間に変化する角度は0.5mmと玉間距離60mmの逆正接となる。この正接に台上で最も長い距離240mmを掛けると2.6mmとなる。これが0.0001秒間隔で計算したときの衝突後の手玉の最大位置誤差である。直径60mmの標的に対する最大誤差としては許される範囲にある。従って的玉を狙って進む手玉位置の計算サイクルは0.0001秒間隔以下が望ましい。しかし実際には機材性能の制限や、実際の玉速度が2〜3m/sであること、的玉までの平均距離ももっと小さいことなどから1桁近く下げても実用上は問題はない。
このように玉同士の衝突に関しては直接に位置誤差との関係で計算サイクルを検討することが出来たが、クッションとの衝突についてはこのような方向誤差との関係は出てこない。むしろその衝突の瞬間に行われる速度変更、回転角速度変更、回転軸の傾き変更などの変化率が非常に大きいためにその詳細を調べるに当たっては0.0001秒サイクル以下でなけれならないことが結果としてわかった。
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4.迷わせる運動方程式
日頃何か引っかかってすっきりしなかった問題の一つに、物体に打撃を与えたときにそれが回転しないで飛び去ったときと、回転を生じて飛び去ったときの力積の大きさがあった。
玉の場合では玉がキューから受ける力積をPとして
のように併進運動と回転運動について同じPを使って書く。これ以外の表記を見たことがない。間違いではないが次の通り迷わせる。
r1は撞点の玉中心からのずれ距離であるのでいろいろな値をとり得る。つまり玉の中心を撞いてもぎりぎり端をついても力積Pは同じとしている。玉が飛び出す速度は変わらないのに玉の回転が大きいときも小さいときもあることになる。これはエネルギー的におかしい。
現実から言えば、同じキュー速度で玉の端を撞いたときは中心を撞いたときよりも玉の初速度は小さい。このことは同じキュー速度でも撞点位置によって玉への力積が異なることを示している。
つまり上式のPはr1の関数であるということだ。通常そのように読み取ることは難しい。同じPが書かれている限り同じ力積のもとでr1が変えうると感じてしまう。従って、次のようであれば惑うことがない。
このテーマについては作業中にも時々頭に浮かび、思考実験を繰り返した。同じ打撃でも撞点が違えば玉に与える力積がその都度変わるとわかってすっきりした記憶がある。
5.張替直後の玉台のコンディションと慣れ時間
暑さと他の用件でページの更新はままならなかったがビリヤード店には通った。その間にクロスの張替があり、その2〜3日後の状態を経験した。感じたことは ・大回しは少し長く出る ・強くスピンした玉はクッションからの出が甘い などであった。長めに出るのはある程度補正できるがクッションからの出が甘いのは対処が難しい。とくにスピンした玉がクッションに垂直に近い角度で当たるときに相応の角度で出ない、つまりクッションを十分に蹴らない。この条件を含む箱玉やバタバタで影響が大きい。
この状態がしばらく続くのかと思いこの状態をセットしたシミュレーターで玉の出方に慣れようとしていたが、憶えたころにビリヤード店の玉台の状態が変わった。つまり以前の状態にほぼ戻った。この間約半月。勝手な推測では100〜150時間の使用時間か。従ってクロスが新しくなって一時玉が当たらなくなっても自信を無くすことなく一ヶ月も我慢すれば元の技が生かされる。
6. ビリヤード解析の最大の難関はクッションとの摩擦力
撞かれた玉がその後の運動状態を変える外力は
・台表面ラシャとの転がり摩擦力、すべり摩擦力
・的玉との衝突における打撃
・クッションとの衝突における打撃とそのラシャとの摩擦力
であるがこの中で最もモデルの想定が難しいのはクッションとの相互作用である。跳ね返りの要素は考えやすいが摩擦に関する要素は容易ではない。これには多くの要因が係る。玉の併進速度、回転軸の3次元的角度、回転角速度、クッションへの入射角度、クッション高さ、摩擦係数などでありこれらが相互に絡んでクッションからの出方を決める。これらをファクターとして含む現実的なモデルに至るまでにはかなりの時間が必要であった。このうちの主要部分が簡潔な式で表されることがわかったときにはかなりの達成感があった。このモデルが現実的であるかどうかが判るには実際の走りを知っている経験と台上全てを模擬できるソフトが必要でありこのハードルも高い。と思っている。
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7.力学解析とシミュレーター
この解析作業はトップページ冒頭に述べたように台上の玉の軌跡を描きたいというところから始まった。作業の進捗とともにその軌跡が描かれ満足するものがあったが、それ以上に想像していなかった玉の3次元的挙動の発見に喜びがあった。いくつかの難題を乗り越えた結果であったので一層その感があった。前例のない解析(高度なものでなく発想と腕力)をほぼやり遂げた感がある。
この力学解析とともに作成した検証プログラム(シミュレーター)は付随的に出来上がったが一段落すると実用的シミュレーターとしての要件を持たせたくなった。その例が画面上に的玉への厚み、撞点位置、を示したこと、画面下枠外に各玉の位置情報、球速、手玉から見た他の2球への角度、を表示し、更には3球とも撒きなおすランダムボタンを設けたことなどである。
中級以上の方々には玉の軌跡のカーブする部分には関心を持っていただけるかも知れない。撞く瞬間の自分にはよく見えていない部分であり、そのところが実際のコースをきめる要であることを知っているからだ。
8.すべり摩擦の速度依存
当初はすべり摩擦は速度に依存することなく一定であるとして作業を進め、結果に何ら不都合は感じられ無かった。検索から見られるものでも古代ローマ時代からテーマとなっており、その後の名前も含め
アモントン=クーロンの摩擦法則 といわれ速度依存性は無いとされていた。しかし現代ではそうではなさそうに記されている。
現実にも、スピンした玉が曲がりながらのすべり状態からころがりに移る瞬間に曲がりが急に(曲率半径が小さく)なることが見てとれることがある。つまり玉のすべり速度が0に近づいたときすべり摩擦が増大しているかのようだ。もっとも桁違いの静止摩擦に完全なステップ状に移ることは考えにくく、当然とも言える。
そこで最近のプログラムバージョンではすべり摩擦係数に速度依存性を持たせた。やはり微妙なところでより現実に近づくことが判った。ただし台上平面のラシャに対しては素直に組み込むことが出来るが、クッションエッジのラシャと玉との摩擦は、水平面上における一定重力荷重にあたるものが変動荷重であるため組み込みは単純ではない。
ころがり摩擦についても速度依存性が考えられるが、あったとしてもころがりの方向を変えるものはなくかつ停止直前であり手間をかけるに値しない。
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9.最も単純な玉同士の衝突について
水平な摩擦面上における玉同士の衝突について一般的な解を得てシミュレーターの重要な部分を占めているが、その中に含まれる典型的衝突としての回転軸が水平でころがりの真正面衝突について算式を別記し各時間や距離を手玉、的玉について比較した。衝突後の2つの玉の動きの基本でありしばしば例題とされることがある。 11-12-4
(算式3のページへ)
10.面倒な逆三角関数
平面上で位置を表示するとき、その演算の中で逆三角関数は常に出てくる。この関数は多価関数であるため、例えば進む方向を求める演算の結果として2つの方向を示す場合が多々ある。無用な解というのは手玉が衝突相手の的玉の中を通り抜ける方向であったり、当たったクッションの中に入り込んでいく方向とかである。又は突然真後ろに走り出す状況となる。
あらゆる場合についてこれらを漏れなく対処するのはかなりの集中作業であった。
12-1-17
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