キミの帰還 7
他愛もない談笑が続いたが、その間中ガイは機嫌悪そうにテーブルの端に座って全員を眺めていた。会話には加わらず、一歩引いたところで接する風、とでもいうか。
理由は、ちょっとした嫉妬だった。
はじめの出迎えから、ルークは仲間達と自分がどういう仲だったか断片的に思い出して反応を返していた。今も、ガイ以外の仲間達は旅をしていた頃と同じくらいうち解けて話ができている。
でも、ガイと話すときはいまだに表情が硬い。話しかける間がつかめないようで、ガイには話を振ってはいなかった。
昨日の再会ははじめから終わりまでドタバタしっぱなしだったため、ガイはルークがどのようにガイを感じているか確かめることもできなかった。
みんなをよぶのは、もっと後でも良かったかな。
せめて自分とルークがなごむ時間を取ってからにすれば…。
しかし、楽しそうに仲間との会話に花を咲かすルークを見ればこれで良かったに違いない。
「悪い、俺やることあったからちょっと出てくるわ」
我ながら幼稚だと感じつつも断ってガイは退室のため、扉を引いた。
後ろで響くかわいた開閉音が、ルークのいる空間からガイを隔絶した。
その場にいるものを拒絶するように閉められた扉からすぐ目を離し、ルークは仲間との話に戻ろうとした。
「忙しいのかな伯爵って。でもみんなはゆっくりできるんだろ?」
「え、ええ」
「なら別にいーや。で、その時俺どーしたんだ?」
「………」
しかしルークへの答えはなかった。
アニスやティアは閉じられた扉をまだ見つめていて、ジェイドは首を振って扉に足を向ける。
「やれやれ、仕方ありませんね、女性の会話に混じるのもなんですし。私も彼を追って外に出てみますよ。
皆さんで話に花を咲かせておいて下さい」
ガイに続いてジェイドも家を出て行った。
呆けた顔でルークも扉を見つめてみる。
「…あいつがどーかしたのか?」
あなたこそ追わなくていいの?と聞きかけたティアだったがその言葉を飲み込んだ。
ガイとの関係は伏せなくてはならない。それを言うのは、出すぎだ。
「いえ…ただ、彼があんな風な態度をとるってあまりないことだから…」
「そうなのか?」
「ええ、なんとなく感じたりはしない?」
さりげなくティアは一番聞きたかった質問に手を伸ばした。
ガイとルークの結びつきがとてもとても強いことを散々見てきた。それを綱にしてルークの記憶を引き上げることはできないかと期待しているのだ。
「それが全然。みんなのことは見て名前聞いたらなんかわかったような気がしたんだけど。
あいつはさっぱりなんだ。名前聞いても話しても何も感じられねぇ」
それはあまりに哀れすぎる。
アニスはルークの横で首をすくめた。
「それじゃ拗ねるかもねー。親友だったし」
『恋人』は伏せねばならないが親友なら構わない。
ガイとの絆を思い出してもらおうとアニスは『親友』部分を強調してみせた。
「…そういえば最初あったとき心の友どうとか言ってたっけ、…俺とガイラルディアが親友…」
あれ、とティアはそぐわないものを感じた。
「ガイラルディアって呼んだ、わよね?」
「うん。そう名乗ったし」
確かにもう彼が名を隠す理由はないのだからそう名乗るのが当然だ。
しかしその名前がルークに馴染みがあるとは考えられない。
先ほどもミュウに対しては名前でなく『ブタザル』でやっと存在を思い出していた。ならば。
「あの、ルーク、『ガイ』って聞いたら何か感じないかしら」
「……っ!」
ぱっと目を見開いてルークは胸を押さえた。
この時、ガイの存在がようやくルークの心の琴線に触れたのだった。
庭でも邸内に近い場所だから使用人が多く行き来している。彼らに会釈されること数回、ガイは当てもなく整えられた庭を散策した。
最初はルークが見つかっただけで嬉しかった。記憶がなくても目の届くところにあの紅い髪があることで探し続けた苦労が報われたと思った。
ルークの影も形も見当たらない時に感じた喪失感と比べれば大分ましというのに、今度は焦がされるような焦燥がガイを苛む。
約束を破って、自分の正体を明かしたい。
かつて見てくれたような瞳で見て欲しい。
受け止められなくてもいい。ルークを屋敷の自室に連れ込んで激情全てぶつけて抱き締めたい。
守りたい、ルークの心を。しかしいつまで耐えられるか。
「あー、くそっ。ご主人様は使用人なんて覚えてなくて構わないってことか」
頭を抱えていると石畳を踏む靴音が聞こえた。
「若いですね。ガイ、あなたらしくもないですよ」
「…なんだ。ジェイドの旦那か」
「ルークでなくてすみません。本当はちょっぴり期待してました?」
「…本当嫌な奴だな…」
ガイが横目で睨んでもジェイドにはさっぱり効果がなかった。
「もっと労わってくださいよ。あなたがもう少し我慢強くなれるよう老体に鞭打って駆け回ってきたところなんですから」
言いながらジェイドは方々の生垣の向こうを覗いて回る。
「人とすれ違うたび、この邸内でルークは自分のことをどう語っていたか聞いてみました。
大抵の人はルークと接点がなく。『ルークの相手の男』といえば悪の根源の代名詞のようでしたが…」
その手のネタはもう聞き飽きた。とガイは片手で顔を覆う。がジェイドはガイとは反対を向いていて、生垣の向こうにばかり気をやっていた。
「ふむ、ようやく見つけましたよ。すみません、そこの方々!ルークとよく話をするそうですね、少しお時間をいただけますか?」
ジェイドは花の手入れをするメイド二人を呼び寄せた。ガイはつい立ち止まっていた場所から五歩ほど後ずさる。
「あなた達との話の中で、ルークが自分の相手の男について語ったことはなかったですか?
些細なことでも構いませんのでお聞かせ願いたいのですが」
メイドたちは顔を見合わせた。
「ルークの恋人といっても、ルークは記憶喪失だからお相手のこと何も知らないんです。
ただ昔、たまにちょっと思ったことを話してくれただけで」
「それで結構。是非ともおねがいします」
決戦後のルークが俺を思って言った事。
ガイは顔を覆っていた右手を胸元まで下ろして固く握り締めていた。
「他の人たちはルークの恋人をロクデナシって言うけど。ここに来たばかりのルークはそんなことはないはずだって言っていました。
子供の父親はすごく優しい人の気がするって」
「最初の年は早く会いたいって言っていましたけどね。手がかりはないし、ルークからは探しようがなくて。
私たちが『きっと向こうは必死で探してくれてるよ』って言ったあたりから浮かない顔して『必死で探し出してくれても自分は何もしてあげられない、今の自分には探してもらう価値ないんだ』って塞いじゃって。
いっそ探していない方が気が楽だって言ったきりこの話はでなくなったんです」
「わかりました、ありがとうございます」
ジェイドが礼をいうとメイドたちは姦しく話しだした。
「まさか、ルークの相手ってジェイドさんですか?」
「いえいえ、とんでもない」
「あら、ありそうかなって思ったのに」
「ルークってあれで結構品があるもの、相手はどこかの貴族の若息子よぉ」
「案外自分のとこの使用人と駆け落ちとか…」
「ほほう…」
「……」
「…し、失礼しましたー!」
一目散に散ったメイドを目で追ってジェイはガイに話しかけた。
「…かなり真に迫った想像でしたねぇ」
「それを聞かせたかったのかい?」
聞いていただきたかったのはその前です、と置いてジェイドは伏せ目がちにガイを見やる。
「当初はルークも自分の相手に会いたいという気持ちを持っていたのです。いや、今も持っているでしょう。
ただ、自分の捜索という苦難を与え、何もできないことが心苦しい。かといって会って元通りに気持ちを追いつかせられる自信がなく、中身が伴わない自分に落胆されたくない。
ルークは今も探させてしまっているという罪悪感に疲れたのですね。心の防衛機能が働いて自分は探されていないのだと思い込もうとしたり、連想する事柄を避けている」
講釈を終えたジェイドがガイの前を横切って、ルークの小屋の方向へと歩き出す。
ガイは今の話でささくれていた感情の解れを感じた。だが一時しのぎなのだ、これは。
「結局、手がないのか。待つことしか」
「このままルークが何も思い出さない場合でも、ルークを傷つけない解決方法があります」
この男にすがるような目を向ける羽目になるなんて。
ガイは心中で悔やみながらもジェイドから目を離せなかった。
「簡単ですよ。あなたがルークを惚れさせれば万事解決です」
「……は…?」
「子供の父親と会っても自分からは愛せないかも、と恐れるから拒むのです。
もう一度あなたに恋愛感情を抱いた後なら実は子供の父親でした、と言っても問題なくなるでしょう。少々ものごとの順番が変わっただけということになるのですから」
「順番って…」
「もう一度ルークを落とす自信がないんですか?実は私がルークを口説いて元恋人に引導を渡すというパターンも愚考してみたのですが」
硬直するガイだったが「それはどうにも気が進まなくて」というジェイドの一言でへなへなと力が抜けた。
「あんた、ほんっとうにいい性格してるよ」
「あなたのような人格者にほめていただけてとても光栄です」
ガイもジェイドのあとについてルークの家へ戻ることにした。
一気に取り戻せなくても、少しずつ取り戻せばいいのだ。やれることからやっていく、ルークはいつもそう言っていた。倣うのも悪くはない。
庭番の家に戻ったガイは真っ先に飛び込んできたルークに出迎えられた。
「ごめん!ガイラルディアが俺を見つけてみんなに会わせてくれて俺、今までお礼も言ってないのに俺の我侭とかも聞いてくれて…。でもさ、我侭ついでにもう一つお願いがあるんだけど…」
「あ、ああ。なんだ?言ってみろよ」
ティアとアニスがなにやら含み笑いをしているような、実際はそうするのは約束に触れるからしていないのだが、その生暖かい視線に戸惑いつつガイはルークを見た。
「俺、前はガイラルディアのこともっと短く呼んでたんだろ?また、そうしてもいいか?」
「それは、もちろん」
そういえば訂正しそびれていた、ルークからそう望んでくれるならありがたい。
承諾を得たルークは天真爛漫な笑顔をみせた。
「じゃあ早速、色々ありがとな。ガイ」
ルークの頬にほんの少し朱がのっていたように見えた。意識するとガイこそ頬が熱くなるような気がしてきて。
「き…気にすんなって、ああ、掛けさせてもらうぜ」
跳ねた鼓動を抑えながら席につく。
お茶を淹れなおすためにルークが台所へ消えるとアニスが身を乗り出して聞いてきた。
「なんかー初々しいって感じ?どうガイ嬉しかった?ねえねえ」
「いいから大人しく椅子に座ってろ!」
「ぶーぶー、あたしたちのお手柄なのにィ」
淹れなおしたお茶をすすりながら一時、家に集ったものは談笑して楽しんだ。
ガイ、と元通りの呼び名で呼ぶようになってからはルークのガイへの態度は軟化し、誰よりもガイに話しかけることが多くなった。
「先ほど言った通りの方向で事態を好転に持っていけそうですね、ガイ」
「ああ、あんたに引導を渡してもらうことはなさそうだ」
静かなやり取りは幸せそうな笑い声にかき消された。
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続き
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ワードでの文はちょい先までできてたんですが校正とか
次あたりだいぶ大詰めなんでつじつま合わなくならないかとかとか気になって
なかなかUPできず…。
攻略本発売したから考察含めて色々書きたいけど今は無理だぁ!
時間下さい…って状態です。
誤字とかあるかも…後々発見できたら直します。
2006/1/28
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