キミの帰還 3
延々と歩いているうちに服は乾き、空は黒へと移ろった。
こんな時間になってもこの子は家に帰らなくてもいいんだろうか、とか、傍目に俺は誘拐犯に見えないだろうか、という不安の数々がガイの頭をよぎった頃、少女は一つの門の前で立ち止まって指差した。
「ここ」
「………ホントに…?」
たどり着いたのは少し寂れているがガルディオスの紋章のかかった門だった。もちろん中はガルディオス邸の庭である。
使われていない裏門なのなのだろう、しかし、開けっ放しで人一人見張りにいない。無用心だ。
屋敷の使用人に言うことができたな、と一人ため息をつきつつ、ガイは導かれて門をくぐる。
入ったガルディオス邸の庭を奥へと歩き続け、手入れされた庭木が雑木林に変わっても少女の足取りに変化はなかった。
「あのさ、俺はいいからキミは帰るんだ。こんなトコに入り込んじゃいけないよ」
自分の家の庭だから咎められることにはならないが、こんな時間まで小さな子を連れまわすのは良くない。
けれど、ガイの言葉は少女に聞く耳もってもらえなかった。
「…こっち!」
必死な顔で手を引かれるとガイはもう抗えない。
ルークにもこんな顔されると断れなかったよなあ。
おそらく自分はこうした真摯に見つめる瞳に弱いのだ。
ガイはあきらめて成り行きに身を任せることにした。
気が済むまで付き合って、疲れて寝たら屋敷から親に連絡を入れよう。
ところが進んでいくと木陰に隠れた明かりがいくつか見え始めた。
きっと、住み込みの庭番の家だ。
ならこの子はここの子か。
「ははうえー」
女の子はガイの手から指を離して家へと入っていく。
これで一段落つくことにガイは安心し、女の子が開いたままの扉から中を覗き見た。
女の子は母親を呼びながら奥へ急いでいる。
その様子をガイはとても微笑ましく見守った。
母上、か。えらく貴族風な呼び方だなあ。
ガイも両親をそう呼んでいたし、両親の呼び方を知らないルークに親はそう呼ぶのだと教えもした、が変わっていると思っていたのに。
扉の前で待っているガイに、話し声らしきものが聞こえてきた。
「え、客?ああ、いいぜ?俺今日は晩飯作りすぎたから……」
女の子に押されて奥からその母親がやってきた。
「悪ぃな、無理やりこいつに連れてこられちゃったんだろ?」
現れて、愛想よく話しかけてくる人物にガイは唖然とする。
「ルークっ!!!!!」
室内には左手にお玉を持ったルークが目を丸くして立っていた。
長年探していたルークの登場に、ガイは我が目を疑う。
「ルーク!!どうしてたんだ!一体!!」
「んだよっ!俺のこと知ってんの?誰だ?!」
「心の友兼使用人を忘れるか?普通」
「だって俺わっかんねぇもん。記憶喪失なんだよ」
「またそれか、違っただろ!変わるんだろ!」
「知らねぇよ!なんのことだよっ」
息が切れるまで叫びあって、ガイは幸福の絶頂から転落した。
記憶喪失。
今度こそ本物の?
いやいや、あれだけの崩壊から生き残ったならそれくらい…。
「…おまえ、ほんっとに何も覚えてないのか?」
「おう」
といっても今回は立ち方や言葉まで忘れたわけではないようで。
前は、生まれたてだったんだよなぁ。
なら今回は手とりあしとり教える必要はないんだ、とガイが一人で思いにふけっているとルークがおずおず声をかけてくる。
「な、なあ…」
「…ん?」
「で、おまえこそ誰?俺のこと知ってんのなら教えてくれたっていいじゃんか」
「そりゃそうだな…」
言ってガイは戸惑った。
一体どう説明したもんだか。
ルークは、生まれはバチカル貴族の坊ちゃん。
と思えば特殊な能力の副作用で女性化…。その上街一つ消滅させてレプリカ人間だった…。
こんな事情をいきなり言って混乱しない人間はいない。
ガイはといえばルークを育て上げた兄貴分で、途中から恋人で心の友兼使用人の宣言をして子供までできた仲…。
はたとガイは気がついて、自分をここへ連れてきた女の子を見つめる。
母親とガイのやり取りを見つめる子供。この子が自分にとって何者なのか、理解してガイは胸が熱くなった。
「キミ…年は…?」
指が二本突き出される。
「次は3才だよなっ」
「……………」
年が、ぴったり合う…。
なぜ気にもとめなかったんだろう、深い緑の瞳はルークだ。だからルークに似た表情に見えた。そして髪は。
よく見慣れた金髪、その色合いはガイと同様のものだった。
当惑と感慨でごっちゃになりながらガイはもう一度ルークを見た。
生きていた。ちゃんとここで存在してたんだ。
ルークの記憶がなくてもそこに二人がいるだけでガイは満足だった。
が、ルークの方は質問に答えてくれず、自分の思いに耽っているガイにご不満で、左手にもったお玉をぶんっと振り回す。
「あー、よくわかんねぇ!晩飯食わせてやっから、俺のこと話せ。いいな!」
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ひたすら趣味に走ってます…。
2006/1/22
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