キミの帰還 2




「ルーク、また森のほうから魔物が来てるんじゃ。頼んでいいかね?」
「おう、じーさん。今行く!」
 木漏れ日は翠玉を光にかざしたような色合いだ。
 よく晴れた空の青と緑の中へ、それらと対照的な色を持つ髪をなびかせ、ルークは乞われるままに魔物を狩る。
「いっちょあがり!」
「おお、ルークありがとう。あとは小屋に戻ってくれてていいよ」
「いいってじーさん、年だろ?この魔物の死体は俺が片しとくからさ。じーさんこそ休んどけって」
 老人の背を押しながら、ルークは屈託なく微笑んだ。
 こんな暮らしが今のルークの日常だった。
 二年以上前、ルークは森近くの海辺に打ち上げられていて。
 そこを親切な老夫婦に拾われた。
 気づいたルークはそれまでの記憶がなくなっていて、あげく子供を身ごもっている状態で、老夫婦はルークにとても同情した。
 踏んだり蹴ったりな一連の事実で十分に憶測ができたらしい。
 ルークが恋人だった男に妊娠して捨てられて自殺しようとしたとか、殺されかけたのではと懸念して、老夫婦はルークのことが世間の噂にならないよう気を使ってくれた。
「かわいそうに、ショックで記憶を失っちゃったんだろうねえ…全く、相手の男はなんて酷いんだか、思い出して辛いならそのままでもいいさ」
 生きたいとは思っても死にたいなんて思いはしそうにねぇんだけどなあ。
 少しも思い出せないがルークにとって、とりたてて騒ぐような支障はない。
「私らの手伝いをする、ということなら。置いてやれると思うよ。何がいいかねえ…」
 老夫婦は森の近くに住んでいて、日々あたりの草を手入をすることで生計を立てている人々で。
 同じ土地内に小屋がいくつかあまっているからそこに住み込んでも問題ない。その言葉に甘えて二年になる。
 もちろん、ただの居候でもない。女の身とはいえルークは剣の腕に自信があった。
 記憶はなくても体が動く。
 聞けば老夫婦も森から頻繁に入る魔物への処遇に困っていたから、ルークは対魔物用の用心棒として老夫婦を手伝ってきた。
 女の子が魔物と戦うなんて、という老夫婦の心配をよそにルークは十二分の働きをして見せたし、魔物に縁のないときは老夫婦と一緒に草や土をいじっている。
 このままのどかな生活を続けることに文句はない。
 ただ、風と共に魔物を切っていると時折、気になることがあった。
 一緒に駆けるものが風だけじゃ足りない。
『いい感じじゃないか』
 そう、笑って声かけられることを待っている。
 剣を持つたびにいつも。
 光が目に差してきて、ルークは太陽のほうを見た。
 頭上にあったはずの太陽が大きく傾いている。
「いっけね、晩飯用意しねーと」
 今日の料理当番は自分だった、今からでも急ぎで用意すれば間に合うだろう。
ルークは慌てて小屋へと走っていった。

 公園で時間を潰しているガイの前を様々な人が通り過ぎていく。
 王宮詰めの兵士や、犬の散歩をする人や、仲良さげなカップル。
 日が沈みはじめてからは子を連れた母親が増えて、あたりでは子供が転がりまわっている。
 やがて日光は茜色になり、照らされてた人々の髪は紅く染まって見えだすだろう。
 ガイは組んだ手の上にため息を落とした。
 その時間帯に出回っていると、つい色からルークを連想してしまう。
 道行く人の後姿でドキリとさせられる時間。
 ガルディオス邸に戻るのは完全に日が去ってからでいいだろう。
 すれ違うたびに期待して、落胆することは疲れるのだ。 
 長居を決め込んではしゃぎ回る子供達に目をやった。
 水路の合流地点になるところで群れている。
 流れが急になっているから、面白いのだろうけれど。
 おいおい、そんなに詰め寄せてちゃ落っこちるぞ。
 不安は的中し、子供の一人が押し出されて水路の流れに取り込まれてしまった。
「子供が落ちたぞー!!!」
「…っ」
 騒ぐ大人たちの声をよそに、ガイは上着を芝生に放って、子供を追って水路に飛び込んだ。
 必死で冷たい激流を掻き分けると、割と簡単に流される子供に追いつけて。
 水路が狭いことは苦しいが、たいした障害でもない。
 子供の体を抱き取って、揺れる水面へ上がっていく。
「はっ……助けたぞ!」
 顔を出したガイが叫ぶと騒いでいた人々が集まってきた。
 助け出した子供を地面に下ろしたところで、ガイはそれが女の子であったことに気がつく。
 彼の大好きな紅によく似た色の髪をした子だったが、今更震えが襲ってきてもう触れることはできない。
 子供の母親がガイの脱いだ上着を持って駆けつけてくれたが震えっぱなしのガイは上着を水路のヘリに一旦かけてもらってしか受け取ることができなかった。
 口々にガイの活躍をほめた人たちもやがては散っていって、人の減った公園は夕焼けで赤い。
 ガイは上着をとって羽織る。ずぶぬれになってしまったからには潮時だ。もうガルディオス邸にもどってしまおう。
 公園の出口を向こうとして、ガイは視線を感じた。
 見られている、下から。
 視線を下げれば後ろに小さな女の子がいた。
 紅く輝いた髪に胸が痛む。一瞬ルークを見つけたような気になったが、違う。
 なんてことはない、金髪に夕日の色がのってそう見えただけだった。
 どこまでルークばっかり連想してるんだ。
 苦笑している間も女の子はガイを見ている。
 まさか、近寄ってこないよな。
 正直、また震える羽目になるのは御免だった。
 警戒しつつ声をかけてみる。
「…キミ、どうしたんだい…?」
 瞳がくりっとガイの顔を向いた。
幼い、ガイはこの子供に言葉が理解できるか心配になってきた。
「…けが」
「怪我ぁ、怪我したのか、どこを?」
人が集まっていたから蹴られたり、踏まれたりしたのかもしれない。
医者に連れて行かなくては、と急いで女の子を抱きかかえる。
走り出そうとしたところで抱えた女の子が袖を引いた。
「ちがう、ここ」
 水路で引っかいたのだろう。引かれた腕はシャツが破れてほんの少しだけ血がにじんでいた。
「なんだぁ、俺かぁ」
 ほっと一息ついてから我にかえったガイは素早く女の子を下ろした。
 しかし、震えが来ることは免れないだろう。
 来るならさっさと来い。早く動けるようになって濡れた服を替えたいんだ。
 目を硬く瞑って背筋を通るあの悪寒をやり過ごそうとしたが、ほんのわずかに手が震えるだけで済んだ。
 震える指に何かまとわりついている。
 開いた瞳で見ると、女の子は立ち去らずにガイの指を掴んでいた。
「うおっちょっと、キミ…」
 驚いたガイだが心底驚いたのはそれからだった。
「…平気、なのか。俺」
 女性恐怖症は完全に治ったのか、いやさっきは震えていたし…。
 考え込んでいると握られた手に突っかかる感じがした。
 女の子がガイの手を力いっぱいで引いている。
「あの、キミは何を?」
「きて」
「来てって俺はさ」
「けが、なおるから」
 正直なところ、怪我よりぬれた状態をなんとかしたいんだがねぇ。
 せっかく繋げている女の子の手を振り払うのも気が引ける。
 ガイは少女の道案内のまま街を歩きだした。

 

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続き ---------------------------
需要のさっぱりないもんばっか更新が速いって
ひねてるなあ、私。

2006/1/21
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