日記

平成28年6月26日

ゲームを平時より楽しんでおりますと、それが時として自分を振り返るきっかけになることがあります。
いつも、たのしい作品ないかな?かな?と、Webで雑誌の閲読を欠かさずと志しておるのですがそれにつけてもTwitterとはいいものです、雑誌さんをフォローしておけばこちらへ情報がフルオートマティックに入ってくるこの利便、専用クライアントソフトのTweenと組み合わせたならまさしく夢のマイ情報空間の顕現であります。
140文字の制限在るがため、届く情報は遍くヘッドライン、見出しの一覧となる光景がまた壮観。そのセレクションからより詳しくと思った情報はツイートに含まれるアドレスを開いて閲読、さらにはその情報をリツイートとして大世間へ拡散まで叶う、考えるほどに夢溢るるシステムと感じられます。

さて、このTwitterを便利に使う環境ですが、それを欲し、実現するのは決して平坦な道のりではありませんでした。
まずPC版サイトでの利用を試み、スクロールによって過去のツイートが次々表示されるUIとスクリーンリーダーとの相性の困難さにひとしきり絶望先生を味わい、そこでモバイル版へトライしますとこれならリンクでのページ送りだからとても使いやすそうだと感じられました。
しかし、例えばNetReader2ではあるツイートから次のツイートへ移動するとき、下カーソルキーを5回押さねばなりませんが、これが1回だったら更に快適だろうと考え、先述のTween先生をゲットなんやぜしたら、なんとUIがリストボックスではありませんか(迫真)
1行1ツイート、俺はインタプリタプログラムの解析ルーチンだぜと自己暗示かけながら読んでいくマイタイムラインの、なんと心地良いことでしょう。
これが便利だったので、Tweenの利用方法をせっかくだからと勉学いたしました。
なるほど、Ctrl+Eで選択中ツイート内URLをオープンできるのか、複数ある場合はリストから開くものを選ぶのか、短縮URLも本来のアドレスが一緒に表示されて安心だな、返信やお気に入りにサウンド(効果音)を設置するとわかりやすくていいな、いろいろあれこれやりました。
そうして現在、PCを起動したらTweenも自動起動しタイムラインが自動取得され、PCの動いている限り新しいツイートが受信され続ける、なかなかいーかんじの環境ができあがっております。なので、お昼休みに午前中に貯まった情報をサラサラと読むのは大変な楽しみです、特にその時間帯に海外のカンファレンスの実況なんかが入ってくるとそのリアルタイムな空気を感じながら読みながら感動できるのでたまりません、その勢いのままリツイートの悦楽、このワンセットのシステム、シャオムーではありませんが「極上」なのでございます。

さて、あらためてなのですが当方には視覚障害があり、平時はスクリーンリーダーをPCへ組み込んで利用しております。
その状況を周囲より客観視される場合において、しばしば「すごい」との評価をいただきます。
しかしその「すごい」のバリエーションモデルのひとつに、「それだけ努力してこれだけのことができるようになっているその努力がすごい」といったパターンが希によくあることに少々当惑しております。
例えば先ほどのツイッター。
ライトな、そして一般的な利用でしたら特にクライアントソフトなど入れずブラウザで閲覧し、もちろんスクリーンリーダーは用いず、斜め読み拾い読みも駆使してサクサクと利用できます。
それと近似の便利を音声パソコン環境へ創出する場合、クライアントソフトを導入し、Twitterへのクライアント登録を行い、基本操作を理解し、パソコンから出る音声に慣れ、スクリーンリーダーの記号読みや句読点読みといった出力設定を快適なようにチューンし、Windows標準のリストボックスUIですからOSのスクロールアニメーションを省くなどの処理で軽量化を行いスクリーンリーダーでの動作不便を軽減し、音声の反応速度を向上するためSAPI3をインストールし、タッチタイピングを習得し、ALTやCTRL、Tabといった機能キーへの理解を深め、ウインドウが非アクティブになった時に自力復帰するためにはAlt+Tabでのタスク切り替え操作が必要ですからそれを習得し、そもそもマルチウインドウマルチタスクの概念を理解し、そうして実現される快適なTwitter閲覧環境。
しかしその読む速度は、基本左から右へを1行ずつ、言い換えれば斜め読みのできないスクリーンリーダーにとって、黙読より軽快な速度で実現することは現実的に考えて困難です。
この努力は、どうなのでしょう、やはり妙なことなのか、これがよくわからないのです。
一般的に全く努力を必要とせずにできることへ必死の努力を傾け、実現した結果は一般の努力しない結果に及ばないというこの出来事。ともすると、なにをやっているのだろうと大変むなしい、空疎な心持ちになってくるテーマです。
加えて、努力できること自体が才能という研究結果を論拠として、その遺伝子を持たない人間が同じジャンルへ努力を傾けるのは無駄であるという議論さえあります。ここまでくると本当に、「無駄な努力」という言葉をつい肯定し、その肯定が誘惑として心中に去来しさえしてきます。

さて、ここで一度テレビゲームの話へと立ち戻ります。
RPGにSTG、アクションに音ゲーにノベルと様々なジャンルのあるこのテレビゲームの根底へ共通して流れる、一つの大原則があります。魂と言ってもいいでしょう。
それは、「達成感を味わう娯楽である」という点です。
あらゆるゲームソフトには、ジャンルによる表現の違いこそあれど次の3つのフローが組み込まれています。

1.解決すべき目標の提示
2.解決への挑戦
3.解決の達成

広告媒体に載るのは1が多い傾向にあります。また、1はゲームのルールそのものである場合も少なくなく、ここで面白そうと思って、ソフトをゲットすると間違いが少ないのでございます。
一般に、2が楽しいゲームは長く愛されます。それは何故か、失敗も含めてプレイヤーの試行錯誤を受け入れ肯定し、次へのステップに昇華させてくれているからです。これをもって「ゲームバランス」や「レベルデザイン」と申しますが、失敗も含めて努力が報われる構造がここにはある、これが実に重要です。
そうしてやがて訪れる3の段階。それは1で期待し、2で苦労するほど、印象的な体験になります。畢竟、スタッフロールまで至ったタイトルが心に残るのは、つまりこういった背景のあるからこそではないかと実感されるのです。
終わりよければ全てよしと申しますがその原則が見事にエンターテイメントとなっているのがテレビゲームです。すなわち3を味わえば、1での懊悩も2での苦労も楽しかった思い出となる、ゲームは努力の大切さ以上に、努力の楽しさをおしえてくれる娯楽ではないかと、個人的にはそう思うのです。
先ほどの努力遺伝子も、全くあらゆる全ての事柄へ、全方位に持たない事例があるのかが気になります。当該遺伝子は個人差も総量からの有利不利もあり、所謂生来の才覚とは確かにあるのであろうと思います。
そしてこのことを考える時、自分は中島敦さんの山月記にある、次の説が思い起こされるのです。

今思えば、全く、己は、己の有っていた僅かばかりの才能を空費して了った訳だ。人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。虎と成り果てた今、己は漸くそれに気が付いた。それを思うと、己は今も胸を灼かれるような悔を感じる。

この一説を読むにつけ、ゲームとは、かかる努力をする遺伝子の力を、たとえそれが小さなものであったとしても専一に磨く、それを後押ししてくれるそんな娯楽と思えてならないのです。そして楽しみながら磨かれるのがすてきに感じられます。努力は楽しいものである、そう教えてもらえたのは一生の宝です。

一般的に、努力に意味があるのかどうかは、よくわかりません。ひょっとするとないのかもわかりません。
きっと「なるようになる」の精神で、無理なくできることを無理なくやりながらひとつずつコツコツと成果を積み上げていく人生の方が、スマートでスタイリッシュなのだろうと思います。実際、そこから来る洗練された雰囲気には迫力があり、美しさがあり、何より魅力があります。憧れも時として抱きます。
ただ、努力、かっこいいというインタビューを読んで、惚れて、買って楽しんだDies irae(PSP版)は、その「本気」具合が気持ちよくて楽しかったのもまた自分の人生の1ページなのです。
上のインタビューにもある、そして実際ここで描かれた、「本気であることのかっこよさ」、その描写万般に触れ味わい楽しみ堪能し、私の心はどれだけ救われたことでしょう。
みっともなさまでかっこいい、この具合を作品として楽しめたのは生涯の宝です。システムの不便も分岐のわかりにくさも残念であれこそすれ、それがなんぼのものぞ、それこそそういう種類の不便は努力でもってどんどん片付けていけば良いのです。そんな希望をこの作品からいただきました。
さらに積み上げる努力の素晴らしさは歴史の証明するところでもあります。
例えば現代日本のインフラと治安、電気ガス水道鉄道道路ネット、これらの整備が全て努力なく無理なく、悠々の余裕と当然の内に成り立ったとはどうしても思えないのです。明治以後の近代化に際して先人の傾けられ注がれた営々たる努力と研究の積み重ねと失敗、その成果は今や我々の日常を潤すに止まらず海外でも活躍するところとなっている、いわば輸出されている事実を思う程に、その事実に心中の深くより徹頭徹尾の感謝を覚えるのです。
「努力しなければできない」と考えるより、「努力すればできる」と考えられる、自身の心持ちですから、だからこそその動きへ責任を持ち、今後も長久にそうありたいと心から思います。
楽しいです、努力。
「当たり前」は人の数だけあり、その違いはあって当然のこと。なればこそ、衝突の生じない限り自身の当たり前を堅守し、外の当たり前から学ぶ、そうやって今後もがんばっていきたいものでございます。
  それでは、今日はこのあたりで。



平成28年5月30日

AbemaTVでなつかしアニメチャンネルを開けばいつでも何かのアニメをやっている、インターネットもいよいよここまで来たのであるなとしみじみいたします。
インターネットがしたいからインターネットをするケースは、確かにあります。未知の技術へ触れ体験する楽しみはそれだけで胸ときめかせるものでありそれがいつしかすきとかきらいとかの次元を超えて、唯一無二のメモリアルになるのです。
パソコン、スマートフォーン、場合によってはゲーム機もそうかもわかりません。
しかして、インターネットが目的にならない場合に楽しまれてこその「素晴らしきインタアネツト」であろうと思うのです。アニメのためにインターネットができるようになった、これはとてもめでたいことであると思う次第です。ドラマのためメールのためバラエティのためショッピングのためニュースのためバス時刻表の確認のため見逃し配信を見るため荷物の再配達以来のためe-Taxのためマイポータルのためハイレゾ配信を購入するためDL版ゲームソフトを購入するため、なんでもよいのです。が、このなんでもに、こうして簡単に利用を開始できるものが加わったことを素晴らしく思うのであります。
つい先日こちらのチャンネルで爆走兄弟レッツ&ゴーのシーズン1をやっておりまして、ついつい見入ってしまいまして。おもしろいものは時空を超えておもしろいものです。
同作はミニ四駆ファンタジーアニメなのですが、その1期では純粋にミニ四駆の改造、改良を試行し施行し思考する様子が描かれます。
しかしそんな健全なるミニ四駆のシーズンレースにおいて、世情の変化で徐々にバトルミニ四駆、即ち他者のマシンを破壊するギミックを極めるマシンが重宝されてゆきます。
主人公たちはその潮流を否定すべく奮闘と研究を重ね、勝利し、敗北し、そして勝利していく、このようなあらすじとなっております。
さて、走りそのものを言祝ぐ主人公たちのマシンは、レースへの敗北、場合によりマシンそのものが破壊されることも含めて、幾度もの挫折と悲嘆を経験します。
そして然る後に描かれるその後の復活劇がどれもこれも本当に素晴らしいのです。
新しいマシンが用意され、ならばそれにすればいいというものでない造物への愛情愛着の描写の白眉なることがまずひとつ感動を呼び起こします。今わたくしの手元にある、バックライトが消えバッテリーを認識しない、モニタ側のゴム足が4つ中2つ取れながらもとても気持ちよく動いてくれているこのWin7レッツノートCF-J10、動かなくなるその瞬間まで、大切に使っていこうとこの漫画によってあらためて心に誓った次第です。
サイクロンマグナムを開発するときの「調整」の描写もまたいいのです、素晴らしいコンピューターと素晴らしい設備、しかしてどうやって新しいマシンを開発するのか、周囲の大人が手伝おうとするのを主人公たちは断ります。自分の手で仕上げたいと。仕上げられる環境が合って、あとは大人が見守る。とても教育に良いアニメです。
開発もいよいよの終盤、加速が頂点に達したときの風圧によるボディの破損をどうしても超えられなかったとき、さりげない演技(棒読み)により大人たちがラッカー(スプレー)を置いていき、それをボディへシュッシュすることで解決。しかしそれまでの粉骨砕身の努力があったからこそ、大人は最後の一押しのみをやった。この受け渡しの描写の美しいことといったら。そうそう、GUPに似通ったスプレーが実際に発売されておりまして、サーフェイサーというものです、それをボディへスプレーするとツルツルになって実際とても綺麗なんですわ。ぜひお手持ちのマシンへ塗ってお試しください。
一方のハリケーンソニックの開発シーン、大神研究所に通っているとき、シャーシにコントロールチップを埋め込むことをレツははっきりと否定しています、スーパーTZシャーシの裏がなぜ平たいのかの理由もさりげなく説明されているのがまた素晴らしいこの場面ですが、更にさりげなく、WGP編(第2期)を否定してのけているところがとても痛快爽快でなりません。
1期のなにがいいといって、破天荒なレース、破天荒なコース、破天荒な世界観、破天荒な必殺技、破天荒な科学に破天荒なSF破天荒なコンツェルンに破天荒なヘリコプター、それらは全て破天荒なのにミニ四駆そのもの、それはあくまでも王道健全を貫くことこそ素晴らしいと、その哲学が貫かれていたからこそ良かったのだと思い起こされます。未だにGPチップを土屋博士と鉄心先生が開発したという設定が心の底から信じられません。MAX……う、頭が。
ミニ四駆はいいものです。夢があります。龍が如くのポケットサーキットの元ネタでもあるこの遊び、ポケサーファイターとの勝負に勝つカヅマくんの如く、年齢性別職業を問わず、広く多くこの娯楽が今後も楽しまれることを念願します。
  それでは、今日はこのあたりにて。



平成28年5月2日

「好きこそ物の上手なれ」と申します。一方で「やらねばならないこと」との遭遇も不可避な人生において、好きなことで蓄積された経験が直接間接を問わず、「やらねばならないこと」の助けとなる循環を構築できれば更に楽しい人生だろう、そう思うにつけ公私共一層奮起せねばと思う今日この頃です。
さてその奮起にはエネルギーが欠かせません。それはモチベーション、おいしいお食事、新作ゲームソフト、好きな音楽、犬、猫、睡眠、周囲にあるこの種々の燃料を用いて駆動する我が人生。このためにこそがんばろう、そんなものを持つほどに、日常の楽しさが増していくよう思われるのです。
しかし、エネルギーのみでは不足であり、エネルギーを効率よく駆動系へ伝えて出力し、一路直往邁進の結果を現実に出現する過程が必要となってまいります。
一例にミニ四駆、あれはモーターばかりでは走らないのであります。モーターから生じたエネルギーを最終的に路面へと伝える各パーツ、まずモーター自体が両軸であることが望ましくあります、前後の駆動を同期するプロペラシャフトがモーターに埋め込まれているような構造なので、その信頼性、メンテナンスの慣用さはまさに次世代の貫禄であります。加えてモーターとギヤの間を取り持つ軽量頑丈なカーボン入りピニオン、ベアリング入りのカウンターギヤ、ギヤ比も5:1より3.5:1、グリスアップには抵抗の少ないフッ素含有のFグリス、中空シャフト、軽量ホイール、そしてグリップから来る直線の伸びからレストンスポンジタイヤ、いやいや軽量かつ低グリップからコーナーに強い中空タイヤも捨てがたい。シャフトの軸受けをボールベアリングに変更することも欠かせません。
こうして様々な工夫を施せばこそ速度が上がる、その工夫に答えてくれる、だからミニ四駆はおもしろいのであります。

そして、これはパソコンの速度高速化にも近似する魅力とも思われます。対応ドライバの更新、デフラグ、SSDへの換装、各種コンパネ調整、アップデート、クリーンアップ。速度が上がる論拠を1つずつ積み上げていくことで現れる、指先の快適さ。
余談なのですがPS4のHDDをSSDに変えたがあまり速度が変わらなかったんだぜな系統のレビュー、あれはいったいどうしたことでしょうか。
実用の面からお話しますと、未使用のHDDへデータを書き込むとは、即ち新しい書き込みであるからファイルシステム上での空き領域が連続しており、結果ファイルの分割はほぼ起こらないのです。だから差ほど遅くはない、数多くのアップデートやアンインストールを経た1年後2年後の動作こそ大切であり、そこが遅くなることこそ最も問題なのです。パソコンも然り、購入直後に速いが徐々に遅くなるのはシステム側での削除と書き込みが仕様として連続すればこその出来事、だからこそ特にHDD搭載のPCにはメンテナンスとしてのデフラグが大切になってくるのです。
もう終わってしまいましたがXBOX360のファイナルファンタジーXI、あちらでロード時間が長くなったり画面の切り替え語に硬直が起こったり(一例にミスラちゃんのしっぽがマップ切り替え直後に止まるようになる)といった時の対処としては、まず、ソフトの再インストールが公式フォーラムで紹介されたほどのことです。これにより疑似デフラグの動作となり、結果この問題は解決していたのであります。
PCで使っていてもとても思うのですが、SSDはこうしたことをまず利用者が気にせずにすむ、その一点でこそ素晴らしい一品だと思う次第です。もっとSSDやEMMCを搭載したPCが、特に7~8万円台のものでもいよいよ増えていくことを願わずにおれません。

さて、ミニ四駆もパソコンも、こうして創意工夫でいよいよよくなる、ならば日常生活もそうならないか、これまた楽しい工夫であると考えます。
そうしたことを考えながら作りました予定管理のソフトウェアー、その名をスケさん、ジュールさんと申します。
詳細な動作は上記ページへまとめましたが、やるべきことがなんだかんだと終わっていく様子が確認できるのは、気持ちよいと感じている今日この頃です。
今後もアップデートを継続予定です。よろしければお試しをいただけましたら幸いでございます。
  それでは、今日はこれにて。



平成28年4月3日

ゲームとはいいものです。ゲームの骨子は対戦であり、相手が人間であれコンピューターであれ基本の基としてまずここが厳然と存在します。それは一切選択分岐のないアドベンチャーゲームも然り、一例にひぐらしのなく頃にうみねこのなく頃にの分岐が存在しない構造は、「出題編」と「解決編」を分離することで、プレイヤー自身がその与えられた材料を活用して推理する楽しみがある意味で、やはりこれも対戦、少々特殊ですがライター氏とプレイヤーとの対戦となる構造と解釈できます。
さて、少し話題が逸れましたがこの「対戦」が相手をコンピューターとする場合、プレイヤーが楽しいと感じる場面のひとつに目標の突破に伴って生じられる達成感があり、即ちプレイヤーの勝利、到達、成功。これがまた容易に実現されれば当然の帰結としての結果なのですから達成感は勢い減じます。理想的にはプレイヤーが死力を尽くして突破できる目標、試行錯誤の上に得られる勝利。これを称してゲームバランスやレベルデザインなどと申します。
そんな達成のお話を本日はおひとつ。

つい先日、戦国無双クロニクル2ndは長谷堂の戦い(西軍)のIFとして直江兼続が徳川家康討ち取ったりとなる会津討伐軍追撃戦と賞するシナリオ@上杉の章をクリアし、ダウンロードコンテンツも外伝もかなりをクリアし、浅井朝倉連合軍で織田信長も追い返しとやって、もう十二分に遊び「まずは満足」と鬼島津の心持ちでプレイを一段落としました。
ここに来るまで2年半か3年か、これだけ長い間楽しめたのですから即ちひとつの思い出であります。きっと今から数年してふと本作を遊んだとき、この2~3年で起きた様々な出来事が鮮やかに思い出されるのであろうと思われ、そこが未来の楽しみとなりました。

嗚呼思い出であるなと感慨に浸りながら、さて次は何を遊ぼうとカタログを周遊し、3DSでPROJECT X ZONE 2:BRAVE NEW WORLD(プロジェクトクロスゾーン2)の体験版をゲットしましたらこれがどうしていい感じです。
バンダイナムコゲームス、カプコン、セガゲームス、任天堂のタイトルとキャラクタがクロスオーバーするシミュレーションRPG、それが本作です。
11年前にPS2で発売されたナムコクロスカプコンというメーカーの枠を超えたクロスオーバーを楽しむ、これもSRPGがありました。
さて、そのナムコクロスカプコン(以下ナムカプと略記)の主人公ペア、政府特務機関所属のエージェントである有栖零児(アリス レイジ)と仙狐の小牟(シャオムー)。この2人の関係が当時から本当に魅力的に感じられて大変好きだったのです。
自身の仕事へストイックに挑む実直なプロフェッショナルの零児と、サブカル趣味をフルオープンでマイペースを楽しむ小牟。この2人の良いのは、互いの専門性を双方承知し合い、互いのリスペクトを欠かさないのでありながら、それを横行に表明するわけでなく自然なコミュニケーションとしてはぐくんでいる点です。必要以上に干渉せず、そしておのおのの立場を尊重する。互いの趣味関心の違いなど悠々乗り越えてはぐくまれるその関係に、こうした立ち位置だからこそ彼らが軸のクロスオーバー作品はなおその魅力を増すのであろうと思えてその有様事態に大変感動いたしました。
そして古代祐三氏の手がけられた本作の主題歌「すばらしき新世界」が実に本当にとてもいい曲でして、同氏の手がけられたアクトレイザーや初代イース、近年では世界樹の迷宮シリーズの楽曲が鮮やかに思い起こされる明快なメロディラインと異なる世界観のクロスオーバーが即ち希望へとつながることを鮮やかに歌い上げる歌詞にはただそれだけで涙腺を緩ましめる効能があり、本作をプレイするときは決してオープニングムービーを飛ばさずにcontinueへと赴いたものでした。
この楽曲「すばらしき新世界」はナムカプの発売以後、零児と小牟の登場する作品において、折々インスト版が彼らのBGMに使われています。その曲がかかるその時、同作を楽しんだ折りに味わった感動がそのまま鮮やかによみがえるにとどまらずかれらの生き様の魅力をさえリフレインせしめるのだから、こう返す返すも、音楽の力のすごさを体感せずにおれません。
そう、この度の体験版をプレイしまさしくそちらを体感、体験いたしました。やはりこの2人はよいものだったと。
本作のSRPG部分のシステムですが、視力を用いない場合には工夫が必要です。まずひとつ、移動は方向パッド、カメラ移動が十字キーの初期設定ですから、目指す邦楽が明確である場合はなるべく十字キーに触れないですすめることが重要です。後で設定からパッドと十字キーの機能を入れ替えても良いかもわかりません。
LRでキャラを選んでAボタンを押すとそのキャラの一言とともにBGMが代わり(これがまず熱いのでありますが)、そのまますぐに移動画面となります。ここで画面内を移動し、移動先が抗戦可能な場所であったならそこでAを押すことで戦闘パートへと移行する動作となります。
そして、移動するのみで戦わずに行動を終了する場合は、移動終了と思った場所でBを押してからA、これにより次に移動の可能な味方へとカーソルが自動遷移いたします。
まず体験版最初のステージはチュートリアルとなっており、主人公から見て南側に敵がおります。1ターン目は距離から言って届かないので、まず最初のターンで南に行けるだけ言って(移動範囲の外に触れても音は鳴らないが移動範囲の端へは到達できている)、2ターン目でやはり南へ移動しながら右や左へ移動、その頃にAを連打しながら移動すれば交戦状態へと遷移できるはずです。
あとは敵の側から寄ってくるので順次迎撃することでステージクリアとなります。
インターミッションやシナリオのボイス料は、初登場キャラのいる場面が周囲の人物を含めてフルボイス、加えて印象的な場面もまた、フルボイスとして演出されています。この構造もナムカプからの継続要素であるのですが、この仕様はスーパーロボット大戦から考えれば夢のような充実具合にて感動を禁じ得ません。
体験版2ステージ目の桐生ちゃんが真島の兄さんの励ましを受けて決意を固めた直後に入るサブタイトルテロップや、これも体験版第3話でとっくにSRPGパートが始まっていながら中途生じる敵造園(2ターン目)の後挿入されるサブタイトルテロップ、いずれも本当におしゃれでかっこよく感動的でありました。やはりこのシリーズは前から素晴らしいと思い起こされます、原作へのリスペクトとゲーム史への愛が随所で伝わってくる各種演出がたまりません。
製品版への引き継ぎがありますので、パターン化して10週回すのもまた楽しいように思われます。
進行状況のセーブはインターミッション、もしくは第3話終了後に、セーブ確認のダイアログが出たら 左 A と入力。第3話終了後のセーブの後には、Bを押してその特殊セーブ画面から出る警告にも 左 A で同意する必要があります。
インターミッションから次のステージへ行くには、スタートボタンを押してからAであります。なので間違えてインターミッションから次のステージへ進んでしまってセーブができなかったなる状況は防げる構造となっているので安心です。
そうそう、余裕がありましたら環境設定を開き、ボイスボリューム、環境設定を開いてからしたを2回ですが、そこを右を押してMAXにしておくと台詞を聞き逃すリスクを低減できます。シャオムーがサンプル再生されますが、この調整は端で突き当たらないので一つずつ移動させ、声が消えたら左へ戻すようにするとMAXのパラメータを見いだしやすいように思われます。操作性の向上の意味ではSEボリュームをあげるのもまた効果がありそうで、こちらはボイスの一つ上となっております。調整方法はボイスと同様です。
製品版の2話、全くサクラ大戦なこのステージですがここも一種のチュートリアルになっていて、Yボタンでのキャラ援護を試すこととなります。ここはYボタンを押しながらマップ内を移動することで対処いただけるよう思います。ターンの強制終了もまた、スタートの後でAです。

時々、我ながら不思議になるのです。
なぜ自分はこうもゲームという娯楽が好きであるのかと。一歩引くと本当に不思議です。
上記もしました環境設定のいろいろ、解析には結構な苦労がありました。そして私はなぜこのような人生においてまったくせずともよい苦労をわざわざやっているのか。奇異奇っ怪なこと夥しくあります。
ゲームとは遍く「すばらしき新世界」です。全くわからない、全く知らない世界へと趣そこで得た経験をもって現実を充実たらしめる体験が叶う遊戯それがテレビゲーム。
クロスオーバーでも単体の作品であっても、「達成の連続」により構造されるのは古今東西、殆どのTVゲームの実現するところです。
本ページでは、筆者が視覚障害を有している状況からその観点よりいろいろなゲームをご紹介させていただいておりますが、今こうして様々なゲームが登場する本作をプレイするに及んで、本ページをお読みいただいている皆様おひとりおひとりの「すばらしき新世界」へと出会われる切っ掛けとなれたらどれだけいいだろう、そう思ってこうして情報発信を続けてまいりましたことがあらためて思い起こされました。
スペースチャンネル5パート2然りスーパーロボット大戦UX然り、そして風のリグレット然りです。そうそう以前、Kさんからスペースチャンネル5パート2で音のみを頼るだけでは絶対にクリアできないスニーキングミッションのパートで、視力を用いずにクリアできる正解の譜面をメールで情報提供賜ったのでした。Kさん、あらためてありがとうございました。こうやってまた書いていてよみがえる思い出がある、やはりゲームはいいものです。余談ながらプロジェクトクロスゾーン2にはそのスペースチャンネル5シリーズで主人公をされていたうららさんも登場するのでありました。
作品間を超えた作品がこうして成立するほどの深さと歴史と魅力のあるこのゲーム業界が今後も長久に継続され、ブームや流行の有無に依存しない安定をもって末永い発展が遂げられることを心より念願いたします。
  それでは今日はこのあたりにて。



平成28年3月14日

関ヶ原西軍IFシナリオがクリアできないので伏見城の戦いへとタイムリープしてレベル上げへといそしみました。
関ヶ原でも中盤までメインに操作する石田三成と島左近はこのシナリオでもプレイアブルキャラでして、経験値稼ぎ&武器集めマラソンとしゃれ込んだのであります。
そうしたら戦後好感度イベントでおねね様が立て続けて、気がついたら「ガラシャ救出船」なるシナリオが出現。西軍の人質になっていたのを助ける流れなのですがここは自動移動ですすめると最後手詰まりになります。マップ南西で固まるのです。
とりあえず試みに全キャラをマップ南東へと移動を指示しましたら途中で索敵となり、そこで無事クリアとなれたのは偶然か必然か。ともかくもクリアできてなによりです。
なによりといえば島左近のレベル上げ最中に三方原の武田側をプレイしておりましたら信玄が歿さない分岐が現れまして、これもクリア。ここはスムーズにいけました。
そうして周囲をプレイしておりましてもどうやってもクリアできない関ヶ原西軍IFシナリオ。
特に本多忠勝を打倒した後登場する服部半蔵、これが本陣頭を屠っているのでないかと仮説を立てた私は、本多忠勝を妥当直後、マップ左から2列目の最も南を全軍に移動指示しました。
すると登場服部半蔵が進撃してまいりましたので無事に対処。あとはCPUの自動移動に任せることで影武者も打倒、その直後現れる本当の家康はやはりこれも本陣を狙うとの攻略サイト情報でしたので再び全キャラへ先ほどの半蔵と戦った座標へ移動指示。
どうにか勝てました。ただ腕っ節だけではいけない、戦略も重要なのだと学べた戦いでした。あらためて本作に含まれるSRPG要素の楽しみが思われます。
それにしてもあらためてすごいことです。
このたびここを視力を一切用いず突破できたのには次の要素、むしろ偶然があればこそです。
1.フルボイス。
2.方向キー上下左右を押し続けることでカーソルが端で突き当たるUI。
3.カーソル移動音の実装。
4.キャラ切り替えシステム。
5.キャラクタの成長要素。
この戦国無双クロニクル2ndというタイトルが、その多くを視力を必要とせずにプレイできる事実はまさしく偶然、だからこそ価値があると思う次第です。
そうしてこうして2年ほど遊んでいてまったくまだまだやることだらけ。このセーブデータ、いよいよもって宝となりました。
今後の本シリーズがこうしてプレイできるかは全くの未知数、だからこそ本作を隅々まで堪能したく思うのだと思います。
さて次は直江IFルートに行くか浅井IFルートに行くか。
  それでは、今晩はこのあたりにて。



平成28年3月4日

急遽東軍へ裏切った京極隆嗣が立てこもった大津城、すなわち大阪城と美濃との連絡路を奪還すべく派遣された立花宗茂を援護するミッション、大津城の戦い(西軍)。
なにをどうやってもクリアできないのでどうしたものかと途方に暮れておりました。
こちら3DSソフト『戦国無双クロニクル2nd』での出来事であります。
CPUの自動移動とその先での全力奮闘ではどうしても火力が足らない、何度も何度もゲームオーバーを繰り返すうち、そういえばと思いついたのであります。わたしは西軍に所属していたのだったと。
柳生宗矩のおじさんが出現するまではそのまま戦い、折を見てマップ南東、つまり東への移動を主人公、宗茂、甲斐姫、風魔小太郎とプレイヤーキャラ全てへ指示したのであります。そうしたら見事に宗矩おじさんと索敵、どうにか制限時間である20分以内のクリアとなったのでした。
そしたらでてきた、歴史を覆すパターンの関ヶ原の戦い西軍シナリオ。しかしこれまた難しい、徳川家康の影武者を倒すところまではどうにか行けるなれどその後間を置かずに本陣頭の敗走によりゲームオーバーとなる、信長様側本能寺然り明智光秀側山崎の戦い然り、畢竟、歴史を覆すのは並大抵ではありませんね。
本筋が終わった後のこうしたifシナリオ、難度の高さ自体に説得力がある構造が演出として楽しいです。ゆっくりとプレイしていきます。

さて、ここ数日で起こったおもしろ情報をいくつか。
PS4の次回アップデートにおいてはPCからのリモートプレイが可能になるというものすごい情報が出てまいりました。
もしも宅外からも楽しめる仕様であったならトロフィー集めにレベル上げ、ADVではルート埋めが捗りそうなことおびただしくあります。
アップデータの正式版が公開された暁には早速試します。こうして便利になっていく有様をシステム更新として直接体験できるのですからたまりません。

次にVitaTVが出荷完了という情報。
ただ、MicroHDMIという端子の存在を思うとVitaの後継機にはTV出力が搭載される可能性を少なからず感じられ、すなわちこの動きは新型Vita発表の予兆ではないかと希望を感じるのであります。
VitaTVがでた直後にこの日記で書きました、ネットへの有線接続ができるがための自動設定による、視力を要する状況が回避できる(無線接続設定をしなくていい)情報も含め考えますと、状況を「視覚障害」に限定するならば有線LANケーブルをつなぐことのできる現状唯一のPSVitaであるVitaTVは、画面をテレビサイズに拡大できる事実と合わせて有用なのかもわかりません。
そんなこんなで出荷完了となるこの商品、残存する在庫が本当に必要とされる方のところへ届きますこと念願しております。
  それでは今晩はこのあたりにて。



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