第八話


 それからどのくらいの時間が経ったのか、リンはゆっくりと意識を取り
戻していった。それ同時に誰かが自分の頭を優しく撫でているのが解
った。(一体誰だろう)と、ぼんやりした頭で考えていた。
「どうやら、気が付いたようやの」
聞き覚えの在る声だと思って目を開けると、綾香の安堵した顔が目の
前にあった。
(何で綾香様の顔がこんな近くに在るんだ?それに、オレは死んだは
ずなのでは?)
そんな事を薄ぼんやりと考えていたリンは、自分の状態に気が付いて
驚いた。綾香様の膝枕で自分は、眠っていたのである!!
 慌てて飛び起きたリンは、尋常では無い激しい目眩に襲われて元の
位置に再び倒れこんでしまった。
「あー、これこれ、無理するでない。傷は妾が直しておいたけど大量に
流れ出た血までは、どうしょうも無かったのやから・・・まぁ助かってな
により。」
 リンは、驚いて傷の在ったところを触ってみると、何時もどうりの肌の
感触が返って来た。そして、あの後、何があったのか大よその予想も
ついた。
「なにゆえあのような無理をした?釜爺と言う者から今度、傷口が開い
たら命は、無いと言われたはずであろう!?聞けばおぬしは、あの人
間の娘に執着しているとか、その娘に命を掛けるほどの価値が在るの
か?」
 口篭もるリンに対して、「話せ!!」と、無言の圧力を加える綾香にリ
ンは、ボソボソと話し始めた。
「あの娘に会ったのは六年と半年ぐらい前・・・ボイラー室だった。釜爺
は、ここで働く契約を交わす為に湯婆婆の所へ連れて行ってやってく
れと頼まれた。あの細い手足、ひょろひょろの体・・・見るからにドジで
愚図みたいな奴だったけど、どうして良いのか解らずオドオドしている
姿を見て・・・その・・・オレの性格上と言うか・・・とにかくほっとけなか
った。助けてやりたいと思った。そして、どうやったのか解らないけど契
約が取れてオレが面倒を見ることに成ったんだけど・・・、オレが思って
いたより弱い奴じゃなかった。意外と芯の強い奴で小さい体で歯を食
い縛って必死に働いてましたよ。そして、大きな手柄も立てたし・・・ご
存知でしょう・・・六年前ほどの前、名の有る川の神の事を・・・」
 綾香は、頷いた。人間の娘がオクサレ神と化した川の上級神を復活
させた事を知らない神々は居ない。特に上級神の間では、
「その後、色んな事が有ったけど・・・、ある時、カオナシとか言う奴が
やって来た。手から幾らでも金を出す事が出切るんで皆、大騒になっ
た。オレも飛び起きてカオナシの所へ行った。貰った砂金を起きて来た
センに見せびらかしたけど・・・センは、何の興味も示さなかった・・・カ
オナシが両手一杯の砂金を出しても、いらない、欲しくないと言って立
ち去ってしまった。後から聞いた話だけど、兄役や湯女の一人を飲み
込んだカオナシの前に出されたセンは、少しも怯まず、あなたには、私
が欲しい物は、絶対に出せないて、言ったんだそうです。その話しを聞
いて、オレは自分が怖くなった。どうしょうも無く自分が醜く見えた。こ
この連中は、金にガメツイ奴ばかりで・・・自分は違うと、オレはオレの
夢の為に金を貯めているのであって他の奴らとは違うんだと・・・そう
思ってたけど・・・何も違わなかった・・・砂糖に群がる蟻の様に金を出
すカオナシの所へ行った・・・他の奴らと、何処がどう違うて、気が付い
た・・・そう思いませんか?綾香様。」
 今度は、綾香が口篭もった。どう返答して良いのか解らなかったからである。
「そしてその時、気が付いたんです。本当に大事な物は、どんなに金や
銭を積んでも、絶対に手には、入れられないって事に・・・本当に大事
な物は、自分の中に有るんだって事に!!その時、他の連中も気が
付いたんだろうか?皆変わった。ある者は、少しだけ。ある者は、大き
く変わった。父役や兄役、湯婆婆すらも変わっていった。特にハクは、
大きく変わった。いけすかない、鉄皮面の奴だと思っいたけどセンが来
てからは、随分と明るくなった。時々笑顔まで見せるようになって・・・」
リンは、いったん其処で口をつぐむと少し考えてから、又話し始めた。
「オレ、多分、あいつらの事、好きなんですよね。二人ともどうしょう無く
不器用だから、どうしてもほっとけないですよね。あの二人今まで、色
んな辛い事、苦しい事ばっかりだった。だから、あの二人に幸せになっ
て欲しいんです。あの二人が苦しんでたり、泣いてる姿なんか見たく無
いんですよね・・・だからなのかな・・・よくわかんねぇけど・・・」
 そう言い終わるや否や、ふすまの向こうからどたどたと、誰かが走っ
てくる音が聞こえた。



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