屋久島縦走
 (淀川小屋〜花之江河〜黒味岳〜宮之浦岳〜永田岳〜鹿之沢小屋)
永田岳登山路から見る宮之浦岳と右端に黒味岳 中央下部に見える小さな沢は宮之浦川源頭部

◆【屋久島滞在日】 2007年5月3〜6日
◆【山行ルート】 紀元杉〜淀川登山口〜淀川小屋(泊)

           〜花之江河(〜黒味岳)〜宮之浦岳〜永田岳〜鹿之沢小屋(泊)

           〜永田岳〜焼野〜新高塚小屋〜縄文杉〜楠川分れ〜白谷雲水峡
パタゴニア


◆【記録と画像】
5/4 晴れ

淀川小屋の朝は、思いのほか早かった。

昨晩(というより、昨夕といったほうが適切かもしれない)、早く床に就いた人たちが真夜中の2時半頃からゴソゴソしはじめているようだ。
山での鉄則は早や発ち、早や着きとはいうものの、
「あの時間に寝れば、この時間に目が覚めるのも無理もないか・・・。」

こちらも4時になるのを待って、テントから顔を出す。今日も雨は落ちていない。

朝食を摂っているあいだには、早朝に登山口を出発してきた日帰り登山の人たちが次々に上がってきて、小屋付近はすでににぎわいをみせる。

テントを撤収したら6時前、一路、鹿之沢(しかのさわ)小屋へ向け歩き始める。今日は九州最高峰・宮之浦岳、第二の高峰、永田岳を経て鹿之沢までの長丁場だ。

最初の目的地、花之江河(はなのえごう)までは、そこから栗生歩道を下るというUさんとともに歩く。Uさんは7度目の屋久島らしく、なかなかマニアックなルートを歩く予定。

歩き始めはほぼ同じペースだったものの、いつの間にかお互いの距離は開き、彼のうしろ姿は見えなくなっていた。あせらず、マイペースで歩く。

しばらく樹林帯を歩くと岩屋の脇から山頂部に大きな露岩を載せた山が見えた。
このとき、この山の名前は解らなかったが、間もなくあらわれた登山路脇の”高盤(こうばん)岳展望所”から、その山がようやく高盤岳だったと理解できた。

高盤岳の山頂部にはトーフ岩と呼ばれる、なんとも風変わりな形をした大きな岩が載っている。

この山の山頂部だけにこのような奇岩があるのなら素人のこちらでも山座同定しやすいのだが、見回してみると右前方の山の山頂部にも奇岩が見てとれる。

奇岩が載っているのはこれらの山だけではなく、これからあらわれるこの島のほとんどの山の山頂部には奇岩が載っているといっても過言でない。

まだ稜線部に出ていないここからでもピークはいくつも見え、また遠くにもうっすらと稜線も霞んで見える。
ここが島だとは微塵も感じさせない風景が広がるので山座同定は至難の業だ。

それらの岩は見ようによってはどの岩も同じように見えなくもないから、今、目にしている山ですらなんという山かはよくわからないままで、ちょっと悲しい。

折角の展望所も、高盤岳を望むことのないまま花之江河へ向かう。

少し高度を上げた小(こ)花之江河では先ほどの高盤岳が湿原の先に姿を見せてくれた。確かにトーフをスパスパ切ったような大きな岩が載っている。
これで展望台でのガスは帳消しだ。

小花之江河より高盤岳 花之江河と黒味岳
小花之江河より高盤岳 花之江河と黒味岳

もう少し歩けばこれまでとならずいぶん視界が開け、正面に大きなピークと左右に稜線を描く山が目に飛び込む。

黒味(くろみ)岳稜線を背景にした高層湿原、花之江河。淀川から宮之浦岳へのルートを代表する景観だ。
屋久スギの原生林の広がる山腹に古存木や様々な形の花崗岩が点在し、見事な景観をつくり出している。

実は入山までに調べておいた予備知識では、
「ここから宮之浦岳や永田岳が見えるのでは・・・」
と、歩きながら勝手なことを考えていた。ところが、いざここに来てみると正面に見えている山は、どう考えてもそれらではない。
「そうか、ここからは見えなかったのか。」
それもそうだ、ここは湿原なんだから窪地といってもいい場所。そこから手に取るような展望を得られるはずはない。

変に期待を裏切られたようなものだが、それはこちらの思い込みのせいであって、実際にここから見える光景は素晴らしいものに違いはなかった。
ここでUさんと別れ、こちらは宮之浦岳方面へ大勢の人と同じように進む。

木道の階段をしばらく歩くと登山路は細くなり、峠に出ると深く掘れてしまった登山路脇の木々の根っこ辺りにいくつかの大きなザックが無造作に捨ててある。
「???」
ふと顔を上げると黒味岳分岐の小さな標識があった。ザックは捨ててあったのではなく、デポしてあったのだ。

黒味岳分岐近くより高盤岳 黒味岳登山路より高盤岳、ジンネム高盤岳 下方に花之江河
黒味岳分岐近くより高盤岳 黒味岳登山路より高盤岳、ジンネム高盤岳 画像中央は花之江河

時刻は8時。時間にもまだまだ余裕がありそうなので、こちらもザックを捨てカメラ等の必需品だけをサブザックに詰めたら、か細い道を黒味岳へ向かう。

しばらくは樹林帯の登高も、まもなく左手に展望が開け、眼下に先ほどまでいた花之江河や遠く高盤岳や七五(しちご)岳が望めるようになる。
「この調子なら今度は本当に宮之浦岳が見えるぞ。」

山頂の大岩を間近に望むようになる尾根に出ると右手に投石(なげし)岳。左に目を転じれば待望の宮之浦岳や永田岳も潅木の上にわずかに顔を覗かせる。今度は山の大きさといい遠さといい、間違いない。
「そら〜(確かに)、ここまで来ないと見えへんワなぁ〜。」

国割岳、永田岳、宮之浦岳、栗生岳、翁岳、安房岳、投石岳
国割岳、永田岳、宮之浦岳、栗生岳、翁岳、安房岳、投石岳

一旦見えなくなったそれらの山々は、山頂に着けば大パノラマとなって目の前に広がる。

北望すれば、左手遠くの国割岳をはじめ三岳(御岳)と呼ばれる永田岳、宮之浦岳、栗生岳や、さらに翁岳、安房岳、投石岳の八重岳。

南望しても高盤岳、ジンネム高盤岳、七五岳など、屋久島の名だたる山が一望でき、この島が洋上アルプスと呼ばれる所以を身を持って体感できる。

北の眼下には投石平で憩う登山者や、南には先ほどまでいた花之江河も見える。
風が強いので物を飛ばされないように気使いながら、しばらくこの風景を楽しむ。

それにしても、淀川からはあんなにたくさんの人たちがこのルートを歩いているはずなのに、なんと今、この地にいる人の少ないことか。もったいない話だ。

帰路に立ち寄る気かも知れないが、それはそれで寄り道する気力が失せていたり、天候が悪くなってしまっていたりすることを考えると、今、この晴天のときにさっさと足を向けるべきだと自身は考えるのだが・・・。
「ま〜、空いてていいか。」

分岐まで戻ると再度、重いザックを背負い投石平へと向かう。長めのロープを慎重に下り小さな沢を渡る。投石湿原を上ると大きな花崗岩が点在する投石平。

正面遠くに、わずかに宮之浦岳や永田岳を望めるものの黒味岳山頂からのものとはずいぶん違う。

振り返り見上げれば黒味岳山頂に何人かいるのが見える。
「ここからは、あんな風に見えていたのか。」

ここでのんびりする気だったが投石岳と黒味岳との鞍部に位置するので、とにかく風が強くどう考えてものんびりするような雰囲気でない。そんなせいか、あまりのんびりしている人は見受けられない。行動食を口にしたら早々に発つ。

黒味岳山頂の大岩 投石平と黒味岳
黒味岳山頂の大岩 投石平と黒味岳

急な登りをこなすとヤクザサの広がる縦走路を行く。左手、目の位置に見える小楊子山の尖峰が印象的だ。

時折ある、色つやのよい葉っぱのヤクシマシャクナゲは縦走路に花を添え、花期には少し早い今からでも「花が咲けばどれだけ絵になるだろう。」と思わせてくれる。

展望を得ながら歩けるので、何より気分がいい。

安房岳下の小楊子川源頭の水場で小休止したら、宮之浦岳へ最後の登り。

水場より見る宮之浦岳、栗生岳 栗生岳下より翁岳、安房岳
水場より見る宮之浦岳、栗生岳 栗生岳下より翁岳、安房岳

次第に登山路の傾斜は増し、栗生岳を左手に見ると宮之浦岳がようやく間近に。人の列に従うように歩くと、やがて人だらけの宮之浦岳山頂だ。(11時20分)

ぐるりと360度、遮るものはなく展望絶好。さすがは島の中央に位置する最高峰の山だけのことはある。永田岳やネマチがずいぶん近くに見えるようになり、ここでは思い通りの景観が広がった。

難点をいえば、次々に登山者が到着するものの、山頂部には花崗岩が点在していることであまり平らな場所がなく、その人たちが腰を下ろす場所があまりないこと。
そんなことも手伝って、これまでに見た山頂での光景で、ここはもっとも人でごった返していたのではなかろうか。

「のんびり昼食。」
と考えていたが、風も強いし長居は禁物。
足早に北の永田岳への分岐点、焼野(やけの)へ向け下る。グングン下ると木道上からは永田岳とネマチが圧倒的な存在でそびえる。

永田岳、ネマチ
永田岳、ネマチ

実は今回の屋久島訪島での最大の目的はここから永田岳、鹿之沢小屋付近までを歩行し、辺りのの景観を目にすることだった。第一の高峰である宮之浦岳を置き去りにするする気はないにしても、あえて云うなら、もっとも訪れたかった場所は永田岳とその周辺だったのだ。

今、まさにその地点に差しかかり目の前に広がっている景観は、「こがれていたところにようやく来れた。」思いを決して裏切らないものだった。まさに洋上アルプスの只中に身を置いていた。

歩いている人もまばらで、これまでのように人のペースに合わせたり、すれ違う人に気を遣う必要もない。のんびり歩けるのが何をさておき嬉しいではないか。

焼野分岐を永田岳方面へ向かうと、さらに人は少なくなる。
永田岳までに出会った何人かの人たちも、淀川からの日帰りピストンか、新高塚小屋方面での宿泊で焼野からのピストンの人だ。

これまでに大きなザックを背負った、いかにも山中泊の何人かに声をかけてみても、鹿之沢小屋泊との返事が返ってきたのは黒味岳で出会った女性二人のみだから、当然の結果。

山は本来、こうであって欲しいものだ。

左に大きくなった宮之浦岳、正面に奇岩の永田岳を見て、しばらく稜線漫歩。

永田岳 宮之浦川源頭より見上げる永田岳
永田岳 宮之浦川源頭より見上げる永田岳

宮之浦川源頭の小さなせせらぎを渡り最低コルまで来ると永田岳への最後の急登が始まる。

ところで机上で何度も見た永田岳の写真や画像。見れば見るほど疑問が湧いていた。それも二つの。

ひとつは、山頂部には大きな花崗岩をもたげたピークが何箇所かあるが(見る方向によって変わる)、どこが最高地点なのか。そしてもうひとつは、その山頂直下への登山ルートはどこに付けられているのか。

最高地点については宮之浦岳から望んだ時点で容易に解ったものの(宮之浦岳から見た場合、右から二つ目のピーク)、ルートについてはいまだ判然としない。

急登し始めると、それも次第に明らかになってきた。大きくえぐれた箇所に付けられた手すりを過ぎると階段が現れ、益々傾斜は増す。最後は大きな岩のあるピークを回り込むように歩くと山頂への分岐に着く。

「ほっほ〜っ。ここに付いていたのか。」
稜線直下はコブを回り込むように付けられているので余計に解りにくかったようだ。

これでどちらの疑問も無事、解消したのだった。

永田岳直下の分岐には7人の人がのんびりとされてていた。どの人もすでに山頂から下りてきたようで、傍らに大きなザックがあるから、皆、鹿之沢泊まりらしい。

巨岩を縫って西側へ回り込むと山頂を示す標識があった。北方には障子岳へと続く北尾根や彼方には永田集落と白砂の浜が見える。彼方とは言ってもそこまでの距離、わずかに9キロメートル。

その間に1,886メートルの高度を駆け下るのだから、この川がいかに急流であるかがわかる。

永田は奥岳から見える唯一の集落で、その浜が、たとえぼんやりとでも見えれば文句はない。

最高地点に向かうには大きな露岩を飛び越えなければならず、風もビュービュー吹いているのでかなり危険が伴った。
「せーのー、ジャ〜ンプ。」
冷や冷やモノでようやく最高地点に到達することができた。

山頂の露岩上からの展望は宮之浦岳のそれに勝るとも劣らず素晴らしい。

永田岳より大きな宮之浦岳を見る 永田岳より永田浜を見る
永田岳より大きな宮之浦岳を見る 永田岳より永田浜を見る

宮之浦岳は大きな羽根を広げたような姿で大きな谷の向こうに横たわり、右に投石岳や黒味岳、さらに奥にジンネム高盤岳や七五岳。

宮之浦岳の左肩には石塚山や、高塚山へと続く尾根の遥か彼方に霞んで見えるのは愛子岳だろうか。
もしそうだとすれば、今その山を空港からとは正反対の山の頂から遥かに見ているのかと思うと、この島の山深さをここでもつくづく実感することができた。

北から北西にかけては永田岳・北尾根(障子尾根)と呼ばれる岩の尾根が障子岳まで延び、左側は急な険谷となって永田川へと落ち込む。

永田岳よりネマチ(右)、北尾根と障子岳、坪切岳方面
永田岳より神様のクボを隔てU峰、ネマチ(右奥)、北尾根と障子岳、坪切岳方面(左端に永田浜)

しばらく展望を楽しんだらアクロバチックに岩を下り、分岐へと戻る。

先の7人のうち福岡からの6人は、まだここでのんびりされていた。

あとは鹿之沢への下りだけだが、「ここからがハイライト」ともいえる、このコース最大の見どころローソク岩が残っている。

ローソク岩は永田岳西に位置する、その名のとおりローソクのような形をした巨大な岩塔だ。永田岳を語る際、必ず登場するこの巨大な岩峰は是非見ておきたかった。

鹿之沢を宿泊地に選んだのも、これを見たいがためといっても過言ではない。

宮之浦川源頭で出会った、昨年、鹿之沢小屋に泊まったという人から得た情報によると、永田岳〜鹿之沢の登山路は大きく陥没した地点があり、かなり歩きづらいとのことだったが、それらしき何箇所かの地点では脚立や木製階段で整備され、難なく通過することができ大いに助かった。

障子岳〜北尾根、ローソク岩
障子岳〜北尾根、小障子岳とローソク岩

(上画像からつづき)ローソク岩〜永田岳
(上画像からつづき)ローソク岩〜永田岳山頂方面(中央)

しばらく下ると右下にローソクの灯りの部分が見えてくる。

やがて登山路脇にたくさんのシャクナゲを見るようになり、ローソク岩展望ルートの木道に出くわすので、ここから巨大ローソクを見る。

時間的にもバッチリで、晴れ上がった空の下、少し西に傾いた太陽に照らされた巨大なローソクがシャクナゲを前景に配し、天に向かって大きな灯りをともしている姿がそこにあった。

一足飛びに季節が過ぎ、このシャクナゲの花が咲き乱れればどんなに素晴らしいかと思ったが、つぼみは固く、今はまだ到底、叶わぬ話しだった。

国割岳を正面に見てしばらく下ると尾根をはずれ、樹林帯を下るようになり展望はなくなる。
ロープや階段の登山路をグングン下ると沢音が聞こえるようになる。

鹿之沢小屋前にて 鹿之沢小屋付近の清流
鹿之沢小屋前にて 鹿之沢小屋付近の清流

沢音は次第に大きくなり前方に照葉樹の尾根が見えてくると間もなく鹿之沢小屋の屋根が見えてきた。
無事、小屋に到着だ。(15時10分)

石造りの小屋はお世辞にも綺麗な小屋とはいえないが、風雨には充分耐えれそうな頑丈な造りで、中をのぞいてみると少し暗い感じはするものの、「いかにも年季が入った小屋」って感じがした。

左右とも二階層で20人くらいは泊まれそうだから大きさも、まずまず。
近くに沢がいくつもあるので水は豊富だし、何より宿泊者が少なそうなのが一番のご褒美。
(実数は13。福岡のパーティーはテント泊)

テント泊は取りやめ小屋泊とする。

明日は花山歩道を下るという大阪・泉佐野からの単独行の方と歓談しながら夕食を摂った後、8時過ぎには床に就いた。


※参考文献  屋久島の山岳/太田五雄 著

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