夜明け前


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僕がそのホテルに入ったのは11時を回っていた。

前もって部屋を予約しておいたおかげですぐに
室に入ってその上で僕は進藤の携帯に連絡を入れた。





「進藤僕だ。もう寝てた?」

「いや。」

受話器から聞こえた声に少なからず安堵する。


この10ヶ月進藤は僕を避けていた。
こうして話すのも本当に久しぶりのことだった。


「今僕は博多●●ホテルの501号室にいる。
これるかい。」

「わりい。俺もう着替え済ましちまって明日にして欲しい・・・」

「なら僕が君の部屋に行こう。部屋を教えてくれないか。」

「俺には拒否権はねえのか。」


「いつまで逃げれば気が済むんだ!!」


荒立てる気はなかったのにこんな言い方しか出来ない自分が
もどかしくてなる。





「俺の室は・・・・502号室だ・・」


つぶやくような声。
502号室・・・この隣の部屋ではないか。

携帯を切って僕は慌てて飛び出した。

ノックをする前に扉をあけた進藤はきちんとYシャツに
スラックスを着込んでいた。

僕を待っていたのか・・・それとも・・・?



見えすいたうそをついた進藤に怒りを感じながら
僕は無言のまま部屋に入った。



おもぐるしい空気を一掃するように進藤がキャビネットからグラスと
ビールを取り出した。

「まあ 座れよ。お前の名人位就任祝いにビールで乾杯でも
しようぜ?」

「いいよ。それより僕はずっと君に聞きたい事があったんだ。
なぜ僕を避けてきた。
 なぜこの10ヶ月僕と会ってくれなかった?
退院してから君は半年静養のために北海道の親戚の家に
行っていたね。僕が君を訪ねた事は知ってたはずだ。
だけど君はいない事にしてくれと頼んで
僕に会ってもくれなかった。僕が知らなかったとでも思っていたのか。
東京に帰ってきてからも一度も会ってはくれなった・・・・

 病室で、君が僕に言った事はウソだったのか。」



うつむき加減で返事をしない進藤に僕は業を煮やした。


強引に僕は進藤の腕を両手で掴むと自分に引き寄せて唇を奪い
小さすぎるほどのビジネスホテルのベットに無理やり
押しつけた。


 「進藤 応えろ・・・」


だが進藤は僕に顔を背向けたままこたえようとはしない
僕はやむなく進藤の服に手をかけた。


「いやだ!!塔矢やめろ・・・」

進藤の細い身体のどこにそんな力があるのだろうと思うぐらいの力で
僕は跳ね飛ばされた。


「進藤!」


「俺はお前には応えられない。もう応えられないんだ 。塔矢わかって
くれよ。」

今にも泣き出してしまいそうな進藤に僕は少し距離を置くとベット脇に
腰掛けた。

「それは君の身体が生殖機能を果たさないという理由からなのか。」

僕の問いかけに進藤は驚いたように大きく目を開けた。

 「何で、何で お前がそんな事を知ってるんだよ!」

 「やっぱりそうなのか。
君が白血病になったと知った時にいろいろ調べたんだ。
抗がん剤や光線治療法などでそういった事になることもあるって
だから・・・ひょっとしてっと思ったんだ。

もし、それで僕を受け入れられないというなら・・・」

 「その事だけじゃない!俺の体はもう以前の身体とは違うんだ。
こんなボロボロの身体みっともなくてお前にさらすなんて出来ない。」


僕は進藤との距離を詰めた。


 「君の何処がみっともないって言うんだ!」

僕は今度こそ手加減もせず進藤の身体に覆いかぶさった。

「塔矢やめろ・・・」

僕は進藤の服を無理やり引きちぎった。

「いやだ!!」

部屋の外にまで漏れそうなぐらい大きな声を進藤はあげたが
構わず進藤の服をはいでいった。

ワイシャツのボタンの数個は確実にとんだしシャツも破いた。
進藤は抵抗が叶わぬとみたのか顔を両手で抑え嗚咽して
僕はようやく手を止めた。

以前の小麦色で筋肉のついた引き締まった身体はそこにはなかった。
 痛々しいほどにやつれた身体そして透き通るほど真っ白な身体が横た
 わっていた。


拒み続ける進藤の身体を僕は強く抱きしめた。

「進藤 君はきれいだ。」

「ウソだ!」

顔を両手で隠しながら進藤は顔を大きく横に振った。



「本当だ!君は誰よりもきれいだ。この身体は病気と戦って勝った
身体じゃないか。僕はみっともないなんて思わない。
どうして君にはそんな事がわからない。自分の身体じゃないか。
ここにこうして生きていてくれるだけで僕は君が誇らしい。
わかって欲しい。

僕は君を愛してるんだ。」



進藤の顔に覆いかぶさっている手を僕はそっと掴んだ。

一瞬びくっとその手は震えたが進藤はもう顔を隠そうとはしなかった。
けれど泣きはらした瞳は僕をまだ拒んでいた。

「塔矢 俺の身体はもうお前に応えられないんだ。」

「身体が応えられなくても心で応えてくれたら僕はそれでいい。」

「お前がそんな事で満足出来るわけないだろう。」

「酷い言われようだな。」

 「だってそうだろ!」

顔を真っ赤にした進藤を僕はもう一度抱きしめて唇を奪った。

なんと言ったらわかってもらえるのかわからなくて押さえきれない
思いをぶつけるように深く何度も口付ける。


「お前は俺なんかでいいの・・・。」

呼吸をつぐために離れた唇から君のか細い声が漏れる。

「当たり前だ。君しかありえない。 君は違うのか僕じゃ駄目なのか。」

瞳一杯に涙を浮かべた進藤が頼りなく頭を横に振る。




「俺もお前がいい・・・」


聞こえるか聞こえないかほどの声。それでも僕には十分で、
身構える進藤の身体をやさしく抱き寄せた。

「怖がらないで欲しい。
君は僕をもう2度と手放さないんじゃなかったのか。
いつだって心は僕の傍にあるといったじゃないか。」


「う・・・。」


泣き声をあげながらようやく僕の胸に体を預けた進藤をやさしく包み込む
ように抱きしめた。



 しばらくそうして静かに胸にある温かさを互いに確かめあうと進藤が
 戸惑いがちに僕から離れた。

「塔矢 あのさ、お願いがあるんだ。」

「何?」

「そのさ・・・俺を抱いてくれないか。」

真偽を確かめるために僕はうつむいて
表情が見えなかった進藤の額に手をかけた。


「気持ちだけなんてイヤだから。俺もお前が欲しいから。」


「進藤・・・」



胸から想いが零れ落ちそうなほどいとおしさがこみ上げてくる。
壊れ物を抱きしめるように君をベットへ導くと僕は白い首筋に唇を
落とした。



     
      


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