腕の中で寝返りを繰り返す進藤に僕は浅い眠りから目を
覚ました。
「進藤起きているの?」
「うん。」
温かいぬくもりと心地よいほどの互いの心音が二人を
満たしていた。
今だったら素直な君の気持ちが聞けるような気がして僕は
腕の中の君をこれ以上ないほどに抱き寄せた。
「以前 僕が言ったこと・・・」
「・・・・?」
「君と暮らしたいっていった
・・・・返事を僕はまだもらっていない。」
進藤は腕の中で身じろぎしたがやがて観念したように押し
止まった。
「俺お前とは住まない。」
「どうして!?」
掴んだ肩に力がこもる。
「弟子をとるんだ。」
弟子・・・?おそらく来月退院の決まった
裕也君のことだと察したがそんな事で納得できるはずはなかった。
「内弟子にするわけじゃないだろ。」
「そうだけど・・・もう一人弟子が出来ることになってさ。」
「誰?」
「サイだよ。」
僕は唖然とした。
「サイって君の弟はまだ1歳にもなってないじゃないか!」
僕の抗議もそ知らぬように進藤は楽しそうに笑いだす。
「あいつ面白んだぜ。なんでもかんでもすぐ口に入れるくせに
碁石だけはいれねえの。
まるでさ・・・碁石の手触りを感触を
楽しむように握って 不思議そうに見つめてるんだぜ。
あいつ絶対素質あると思うんだ。」
あまりの進藤の親バカならぬ兄バカぶりに僕はふきだした。
「笑うなんてひでええ〜」
「だってあまりにも可笑しかったから・・君は全く・・でそれが
僕とは一緒に住めない理由なのか。」
「まあな。」
進藤の弟子や弟に負けてしまったわけか・・・そう思うと
盛大なため息が自然と漏れた。
「進藤 理由は本当にそれだけなのか?」
「それじゃだめなのか・・」
「そうじゃないけれど・・・。」
もっと別の理由を勘ぐる僕の
危惧を察したのだろう進藤は苦笑した。
「俺さ 今サイと一緒にいて楽しいんだ。なんつうか
あいつの成長がすげえうれしくて 早く碁を打てるように ならねえかなって。
今は一緒にいてやりたいんだ。
そのさ・・・だから俺の勝手都合で悪いんだけど
もしお前さえよければその返事 もう少し
待ってくれないかな。」
「君に待たされるのはずいぶん慣れたつもりだけれど でも正直嫉妬するよ。」
今度は進藤がふきだした。
「お前1歳にもならない俺の弟にやきもち焼いてどう
するんだよ。」
サイは進藤の弟・・・だがそれだけではないだろうと
いいたくなる。
僕には割り込めない。進藤とサイだけのつながりをどうしようもなく
不安に感じてしまうのだ。
不可解なことだとわかっているだけに僕はそれを飲み込むしか
なくて・・・それでもそれを素直に受け入れることもできない
自分がいる。
「でも、これからは僕の部屋に来てくれるんだろ?」
「時間が出来たら かな・・・」
「ずいぶん消極的だな。」
深く息をついた僕に進藤は上半身だけ起き上がって
自ら唇を落とした。
「塔矢 俺もう逃げたりしねえよ。来月から碁界へも復帰する。
そうしたらお前を追うから。」
「君ならすぐだから。待ってる・・・」
自分に言い聞かせるように僕はそういった。
待つことに慣れたと言いながら僕はそれほどに待つこと
には慣れていない。
おそらく君ほどには・・・。
進藤はベットから起きあがると素肌に脱ぎ捨てられた破れた
Yシャツを羽織った。
「はは・・お前のせいでボロボロ。」
「君が素直じゃないからだ。」
小さく笑った進藤もわかっているんだろう。
窓越しにたった進藤がカーテンを開けた。
東の空 金星と火星がすこし距離を置いて並んでいた。
シャツを掴むと僕も窓辺にたった。
「もうすぐ夜が明けるんだ。」
「ああ。」
漆黒の空に濃い青が混じりはじめていた。
始まりと終わりはいつも表裏一体で、一つの終着は次の序章へと
繋がっていく。
これからだって僕たちは手探りで、いつだって迷いながら恐れながら
進んでいくのだろう。
それでも・・・・
僕は長かった夜の終わりを感じながら進藤の肩を抱き寄せた。
これからはじまる僕と君の未来に馳せて・・・。
天空の破片 完
堤 緋色
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