塔矢家のおうちの事情 1
手合いを終え「流水の間」で対局をしているはずのヒカルの対局を
観戦しようとしてアキラは部屋の前で足を止めた。
凛とした静寂の「流水の間」にはもう誰もいなかったのだ。
中押しで早く対局を終えたはずの僕より早かったのか?
復帰してからのヒカルの快進撃は目を見張るものがあった。
でも、今日こそは捕まえられると思っていたアキラは落胆を
隠すことが出来なかった。
そのままロビーへと降りたところで和谷がアキラに声を掛けてきた。
「あれ。塔矢お前一人か?」
「ああ、」
一人でいる事に不審を抱くような問われ方にアキラは違和感を
覚えた。
「僕が誰かと一緒だと?」
「あっいや・・・ 進藤にたまにはうちに寄って
いけって言ったら、今日は塔矢の家に行くから
って断られたからさ、だからてっきり一緒だと思ったんだ。」
「進藤が僕の家?」
「なんだ、あいつお前と約束してたわけじゃねえのか?」
ヒカルには部屋の鍵を渡している。
だが、彼自身が進んでアキラの部屋に来るとは思えなかった。
ヒカルが向かった先は確証はないがアキラは
思い当たるところがあった。
「おそらく進藤が行ったのは父のところだと思う。」
怒りと逸る気持ちを抑える事ができずに
和谷くんとの会話もそこそこにアキラは棋院を飛び出していた。
君は一体何をしてるんだ!?
両親がアキラに見合いを勧めたのは2ヶ月前のことだった。
「アキラさんにはまだ少し早いかもしれないけれど・・」
そう前置きして手渡された写真を開けることもせずアキラは
それを母に返した。
開けなくてもその意味がわかったからだ。
一生結婚するつもりはない。
両親には申し訳ない気持ちがあったがそれだけはどうしても
知っておいてもらいたかった。
アキラはその日父にヒカルとの事を話しそして聞かれた。
「進藤君もお前と同じ気持ちなのか・・、」と
すぐに肯定することができなかった僕を
たたみかけるように父は言葉を続けた。
「お前が勝手に思い込んでいるだけなのだろう。
病気の進藤くんに生きていて欲しいという強い気持ちが
錯覚させたんではないか?」
「違います。僕は彼と15の時からそういう付き合いをしています。」
「15?」
父の鋭い視線が僕を射抜くように見ていた。
15というと父と母がこの家を空けるようになった頃。
彼がが中国に留学した年でもあった。
父は当時のことを振り返っていたような気がした。
思い当たることがあったのかもしれない。
「勝手にするといい。だが、そんな事を認めるわけにはいかない。」
理解して欲しいと願っても無理だろう事は始めからわかっていた。
アキラはその場を後にして台所にいる母に手短にその話をした。
母は何も言わなかった。
ごめんなさい。とアキラが心の中でつぶやいた声はまるで幼い頃両親に
叱れてもいえなかった言葉のように押しつぶされそうだった。
それ以来アキラは家には帰っていない。
2へ
|
目次へ

|
|
|