店を出ると俺は警戒されぬよう部屋に誘った。
「どうだ。ここから俺のマンションが近いんだが、一局付き合わないか?」
「そうだな。ラーメン驕ってもらった礼にもならねえかもだぜ?」
進藤はそう言って少し躊躇ったのは俺がまた佐為の事を詮索するかも
しれないと思ったかもしれなかった。
「そんなのは構わないさ。今の等身大のお前と対局したいだけだ」
「わかった。今日の対局、間抜けてたから。若獅子戦で塔矢と打つのに、
詰めとかねえと」
進藤からアキラの名が出た事に、もやもやとした感情が湧き上がる。
それが何なのか直ぐにはわからなかったが、嫉妬に近かったのかも
しれない。
「進藤、アキラくんとの手合いは俺も楽しみにしてる。
2年前は見られなかったからな。」
「先生若獅子戦にくるの?」
「ああ、お前とアキラくんの手合いを見にな。ライバル同士の
一戦は俺だけでなく期待しているやつも多いはずだ。
若獅子戦は棋譜も残らないし、行くしかないだろ。」
そういって自分が進藤に言った言葉をかみ締める。
俺は進藤に惹かれているが、それはアキラに向かって
いくこいつの純粋な気持ちに惹かれているのかもしれなかった。
お互いが惹かれライバルとして競い目指す関係。
アキラでなく俺ではダメなのだろう。そう思うとますます自分が無いものを
強請っているように思えた。
いつかこの二人が俺の前に現れて俺を脅かす存在になるのを、
待つしかないのだと思う。
進藤と恋人になる事はないだろう。ならばせめてライバル
として進藤向かい合いたい。
『早くあがってこいよ。進藤・・・』
そう心の中でつぶやく。たぶんそう遠くない未来だ。
俺の部屋に入ってからの進藤はなぜかそわそわして落ち着きなかった。。
「どうかしたのか?」
部屋の中をキョロキョロものめずらしげに眺めていた進藤だったが
水槽に気が付くと吸いつけられるように足が向いていた。
「うん。先生金持ちなんだなっ。なんかすごいや。」
「タイトルホルダーだからな。そこそこの生活はしてるさ」
しばらくの間水槽をかじりつくように眺めていた進藤が俺に
聞いてきた。
「なあ、先生この部屋に誰か連れてきたことある?塔矢とか?」
俺はソファに腰掛けるとタバコを銜えながら言った。
「ないな。この部屋に入れたのはお前がはじめてだ」
「えっ?先生の部屋に入ったのって俺がはじめてなのか?塔矢もないんだ。
今度あいつに自慢してやろう」
「自慢するほどのことなのか?」
「だってあいつの方が先生とは付き合い長いだろ?」
「まあな。俺はアキラくんのオムツも変えた事もあるし、小さいころは
散歩にだってよく連れてってやった。碁の相手もしょっちゅうさせられた。」
驚いたように進藤は目を丸くする。
「へえ〜オレもっとあいつの事聞きてえな。」
「お前が聞きたいことはアキラ君なのか?」
水槽からやっと目を上げた進藤がハっとしたように俺を見る。
「あいつと俺は碁でしか繋がりがないからさ。
興味あるというか、」
「それじゃあ進藤、お前はアキラとどういう繋がりになりたいんだ。
アキラくんの何を知りたいんだ?」
俺はタバコの火を灰皿に押し付け、進藤を見据えた。
進藤の表情は揺れていた。
「それは・・・・」
「はっきり言ったらどうだ。進藤、お前はアキラに惚れてるって」
そう言った俺の言葉には余裕がなかった。感情を抑えることが出来ず僅かに
震えた。
だがおそらくそんな俺の様子に進藤は気がつかなかっただろう。
彼の顔はまるで能面のように表情はなくなっていた。
「なぜ、緒方先生 がそんな事、」
進藤ははっきり認めたわけじゃなかったが、否定しなかったことにそうなの
だろうと俺は判断した。
そうでなければ俺の理性がすっ飛んでいたかもしれない。
余裕を取り戻した俺はそれでも進藤に隙を与えなかった。
「何故だと思う?」
「ひょっとして緒方先生も塔矢の事・・・。」
そう言った進藤に俺はそれが誤解だとは言わなかった。
「そうだといったらお前はどうするつもりだ。」
進藤は視線を逸らさなかった。
「そんなに睨みつけるな。出し抜いたりしないさ」
進藤はまだ俺に対する警戒を解かないが俺はそういった進藤の感情も
心地よく感じた。ある意味恋敵とでも認識されるのは悪くない。
「進藤、お前はアキラくんとどうしたいんだ?」
「先生の言うとおり俺はあいつが好きだ。でも俺はそれだけでいい。
今のライバルとしての関係があるならそれ以上の関係なんて別にいい。」
正直な気持ちなのだろう。というより今まで本当にそう思っていたのだろう。
だが、俺の言った言葉に揺れてる進藤はそれ以上をも意識したはずだ。
「進藤、お前の気持ちがその程度ならアキラくんは俺が貰う。
俺はそんな詰まらん関係など望んじゃいない。それがどういう意味かぐらい
お前にだったわかるだろ。
お前との馴れ合いもここまでだ。対局出来なかったのは残念だが今日は帰れ。
送ってやるよ。」
俺がそう言って玄関へ向かうと「一人で帰るからいい。」と
進藤が俺を突っぱねた。
「俺がつき合わせたんだ。少なくとも駅までぐらいは送らせろ。」
俺の強い言葉にうなだれながらもようやく進藤は折れた。
車の中で俺も進藤も一言も発さなかった。
駅について進藤が手身近に御礼の挨拶を言ったがそんなものに
心があるわけじゃない。
「あいつは渡すつもりはないぜ。せいぜいがんばるんだな。」
背を向けていた進藤がどういった表情をしていたのかわからないが俺は
それを想像するだけで満足していた。
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