情熱大陸 6
バイオリン科のレッスンの後ヒカルは緒方に呼び出されていた。
「進藤 パートナーは決まったか?」
「うん。ピアノ科の塔矢アキラ。」
「アキラくんが進藤の伴奏を?」
緒方は心底驚いていた。緒方にとって予想外の相手だったのだ。
「先生どうかした?」
「ああ。またなぜ 彼に・・・・?」
「友達だからかな。」
友達・・自分が口にした違和感をかんじながらそう言った。
「彼はやめておいた方がいい。」
「何で。」
「アキラくんが伴奏をすればお前はコンクール出場を間違いなく果たせるだろう。」
「ならいいじゃん。」
「手段を選ばないならな。ただし全国から集まってくる天才たちの前で恥を
書くことになるぞ。」
緒方の言おうとしている事がヒカルにはわからなかった。
「俺先生の言ってる意味わかんねえ。」
「アキラくんはこの学園ではVIPだ。彼に実力がないわけじゃないが、
公平な審査が出来なくなるのは俺としては不本意だ。」
「でもさ 選考の対象は伴奏じゃなくて俺のバイオリンだろ?」
「だからこそ お前のバイオリンは評価されなくなる。
俺はお前の実力を買ってるんだ。だから推薦したし本選出場だけでなくその上も
狙えると思ってる。お前なら他に友達がいるだろう。アキラくんはやめておけ。」
しょんぼりと音楽室をあとにしたヒカルに緒方は言いすぎたかも知れぬと後悔した。
アキラの母明子は緒方の師匠であり初恋の人だった。
いや、緒方は今でも彼女に恋をし、焦がれていた。
アキラの持つ音楽性は明子と同じピアノを選びながら彼女の本質とは全く違っていた。
明子に似た容姿でいて緒方のもっとも嫌いなあの男の感性を引き継いで
いるアキラ・・・。
教師として抱いてはならぬ感情だとはわかっていても平常ではいられず
緒方はピアノに向かった。叶わぬ想いを抱いて。
ヒカルは今しがた緒方に言われた事をぼんやりと考えていた。
アキラ以外のパートナーなど考えられなかった。
だが、相談した同室の和谷もいい返事はしなかった。
「緒方先生の言うことも一理あるかもな。 俺もあんましいい噂聞かねえし。」
「噂って?」
「気い悪くすんなよ。」
和谷はそう前置きしてから話し出した。
「お前が塔矢と仲良くなったのって最近じゃん。コンクールのために媚びただの
取り入ったんじゃないかとかさ、言うやつはいる。
晩も遅くまで塔矢の部屋にいるだろう。一体何やってんだろうってな。」
和谷の何気なく言った言葉にヒカルの顔から血の気が引いた。
和谷は慌ててヒカルの肩をぽんぽんと叩いた。
「お前はそんなやつじゃねえって、長い間ダチやってる俺は良く知ってるさ。
言ったやつだって本当はわかってるって。ただのやっかみってやつ。
それでも俺は塔矢はやめた方がいいと思うけどな。」
噂はただのデマではない。
自分のバイオリンが評価されなくなる。
塔矢に媚びている・・・。
緒方と和谷に言われた事をヒカルは振り払うことが出来なかった。
「なんなら伊角さんに頼んでやろうか?」
和谷の申し出にヒカルはぼんやりとうなずいていていた。
再編集2006年11月