情熱大陸 5





 アキラはあれから部屋に来ないヒカルにどうしようもない苛立ちを募らせていた。
通りがかった部屋からバイオリンの音色が聞こえるとヒカルの音ではないかと
 きき耳をたててしまう。


 だが、期待はずれの音に、落ち込み、そして何故だかほっとしてしまう自分。
一体自分は何をやっているのだろうかと思う。


夜 寝付けず・・・ 
部屋に来ないヒカルを待つのにも疲れたアキラは初めてヒカルと出会った
校庭の中庭へと向かった。
その途中バイオリンの音色に気づいた。

その音に胸が震えた。

 進藤・・・。

 


 バイオリンの音色は中庭から広がるように校内に響いていた。
 アキラは足を急がせる。

ちょうどアキラが中庭へとたどり着いた時、曲は終曲を迎え余韻も残さず
夜の静寂が二人の間に訪れた。

 
 息を切らしてアキラは暗がりにいるだろうヒカルを見つめた。
 おそらくヒカルは僕がここにいる事に気づいてる。

 踏み入れたい領域。
 だがどうしても踏み出すことができない一歩。

 互いに歩み出せないままアキラとヒカルは向かい合う。



 「塔矢・・・」

 暗闇の中先に声をかけてきたのはヒカルの方だった。
その呼び声に僕は吸い寄せられるように中庭へと足を踏み入れた。

 その途端ヒカルは堰を切ったように話し出した。

 「俺 ジュニアコンクールの選抜に選ばれたんだ。」

 僕は歩みを止めた。
 ジュニアコンクールは各部門学園から1人しか出る事は出来ない。
 実力があると認めた生徒を先生が推薦しそのメンバーから学園内で
 予選審査が行われ1組だけが本選への切符を手にする事が出来るのだ。


 「塔矢に伴奏を頼みたくて。その・・・俺 パートナーはお前しか考えられなくてそれで・・。」

 アキラはヒカルに告白されているような錯覚に陥る。

 「君はそれを言うために僕をここへ誘ったのか。」

 「俺お前の部屋には行かないっなんて言ったからひょっとしたらここで会えないかな・・・ 
 なんて。俺勝手だよな。」


アキラは一歩づつ踏みしめるようにヒカルの元へ近づいた・・・・


ヒカルはバイオリンを抱えたままだった。
が、構わずアキラはヒカルを抱き寄せた。

「君のパートナーになるよ。でも・・・僕はもうそれだけでは駄目なんだ。
パートナーとして君を・・君のすべてが欲しい。」

アキラはヒカルに深く唇を這わせた。

 微かにヒカルは震えていた。
だが、それはアキラを嫌っての
ことでないと確信する。

アキラは半ば強引にヒカルを中庭から連れ出す。
自分のテリトリーへと連れ込むために。





 部屋の扉の前で躊躇したヒカルをアキラは有無を言わさず部屋へと連れ込み
 背後からきつく抱きしめた。



「塔矢何で俺なんか。」

 消え入りそうなヒカルの問いにアキラは苦笑した。

「どうして君なのかわからない。でも君じゃないと駄目なんだ・・・・

 出会った時から僕は君のバイオリンの音色しか聞こえなくなった。
可笑しいだろう。この間の弦楽科の発表会の時も君の音色しか僕には聞こえなかった。
君しか・・・君しか見えなかった。」


 きみ以外の音は聞きたくなかった。他のパートナーと組んだ君なんて見たくなかった。
 アキラはヒカルをベッドに押しつけた。


 こんなにも人に焦がれたことはない。
 激しく恋をしたこともない。

 「俺 わかんねえよ。」

 「進藤自分の気持ちが見えないのなら僕のものになるといい。」

 きっと見える。きっと気づく。僕たちは巡るべくして出会ったんだと。

 君も僕を求めてる・・・。

アキラは焼けつくように痛い胸をヒカルに押しつけた。
本能のままにただヒカルを求めて・・・。









 浅い眠りに優しいピアノの音色が心地よく伝わってくる。


それは昨夜みせたアキラの激しさとはうって変わって優しく温かい音色だった。
このままずっとこうしていたいと思う程に。

 アキラの想いは嫌じゃなかった。熱い肌を感じたときも。

心を躰を侵略されても。

 俺は塔矢のパートナーで・・・

 ぼんやり覚醒しかかった現実にヒカルはもう1度瞳を閉じる。

 今はただ何も考えずに温かい眠りに浸っていたかった。

 ヒカルはただその胸に抱きしめる・・・大好きなアキラの音色を。

 



再編集2006年11月

                                    

碁部屋へ   6話へ